土方歳三の「石田散薬」が薬事法をクリアできなかった黒い事情 (※写真はイメージです/PIXTA)

土方歳三といえば、誰もが知っている幕末に活躍した人物です。幕末に京都を震え上がらせた新選組の副長を務め、薩摩、長州など、攘夷派の志士を手あたり次第に暗殺しました。風雲急を告げる京都市中において、数々の修羅場をくぐり抜け、鳥羽伏見の戦いから戊辰戦争まで、転戦を繰り返した土方歳三の生きざまに、想いを寄せる歴史ファンも多いようです。あまり現場に赴かず、後方から指揮する新選組局長近藤勇と違って、副長の土方歳三は隊のナンバー2でありながら、常に戦いの最前線に身を置いていました。多くの敵と刃を交えながらも、生きのびたことを見ても、土方の剣の腕はかなりのものだったようです。

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土方家秘伝の薬

ところで、この土方歳三には、剣士としての顔以外に、今でいう薬剤師のような側面があったことをご存じでしょうか。というのは、土方歳三の生家で、「石田散薬」という薬を、製造・販売していたのです。石田散薬は打ち身や痛み、切り傷などに効く薬で、新選組結成後、土方は生家から石田散薬を取り寄せて、戦闘で負傷した隊士に分け与えていたと伝えられています。では、石田散薬とは、どのような薬なのでしょうか。また、本当に効果はあったのか、土方歳三ファンならずとも気になるところです。

 

石田散薬は、土方家がある石田村で作る散薬だから、その名前がつきました。宝永年間1700年頃に作られた散薬ということですが、詳しいことはわかっていません。ちなみに、石田散薬は酒で飲まないと効かないと言われていますが、果たして本当に効果があるのか、これから検証してまいります。

石田散薬の原材料

石田散薬は、タデ科の「牛額草」(別名ミゾソバ)を主原料としています。ちなみに、「牛額草」は「牛革草」とも呼ばれます。土方歳三の生家からほど近い、多摩川支流の浅川の河原に自生している草で、食用にもなり、天ぷら、おひたし、胡麻和え、佃煮、油炒めなどで食べられていました。

 

牛額草は全国各地に自生していますが、石田散薬に用いる牛額草は、浅川の河原で採れたものだけを使っていました。しかも、この牛額草を刈り取るのは、土用の丑の日に限定されていたといいます。この日は、石田村の人々が総出で牛額草を刈り取り、土方歳三がその指揮にあたっていました。その指揮ぶりは見事だったようで、のちに彼が新選組を仕切る技量は、すでにこの頃から身についていたのでしょう。

石田散薬の作り方

石田散薬は、作り方はシンプルなのですが、作るのに時間がかかります。まず、刈り取った牛額草を天日干しにして、乾燥させたものを黒焼きにして鉄鍋に入れ、酒を振りかけて再び乾燥させます。乾燥したら、すりつぶして粉末にすれば完成です。

 

では、こうして出来上がった石田散薬は、効果があったのかというと、今となってはわかりません。確かに、牛額草の茎や葉には、切り傷の止血に有効な成分が含まれているので、ある程度の効能はあったものと思われます。

 

しかも、牛額草の刈り取りは、村人総出で行っていたということですから、当然賃金も支払わなければならないので、効果がなければ、これほど大掛かりなことはやらないでしょう。土方家は、石田散薬を売って商売していたわけですから、効果がなければ誰も買ってくれないので、すぐに商売が行き詰まったはずなのです。しかし、石田散薬は人気があり、多くの顧客がいたので、効果もそれなりにあったのではないかと推察されます。

 

 

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