簡単な手術から戻った患者の下半身が血まみれ……
Aさん(50)は逆流性食道炎を患っていた方でした。当初は投薬治療で経過観察をしていたのですが、改善の見込みがないことや出血を伴っていたこともあり、腹腔鏡下手術にて噴門形成術を行うことになったのです。
「横になると、激痛を伴うことがありました。ネットで見つけた三角枕を使って体を斜めにした状態であれば多少は楽にもなったんですが、手術前はまた痛みで目覚めるんじゃないかって思って、寝ることも怖いくらいの毎日でした。先生から手術の説明をしていただいたのですが、開腹手術と比べて傷自体も小さなものがいくつかできる程度という点や、回復自体も開腹手術と比べて各段に早いため入院期間が短い点など、仕事が忙しい身からすればメリットが多く感じました。手術自体にかかる時間も短く済む方法とのことでしたので、妻とも少しの間だけ我慢すれば、この苦痛から開放されて楽になれるね、と話をしていたんです」とAさんは、手術前に期待していた思いを話してくれました。
手術自体は成功し、今では寝ている最中に痛みで起きることもなくなったそうなのですが、それとは別のアクシデントがあったそうです。
「術後、オペ室で全身麻酔から覚醒したのですが、最初は朦朧としていました。ただ、なんとなく騒がしいような感じがしたことを覚えています。病室に戻るまでの記憶は断片的なのですが、ストレッチャーからベッドに移されたときに、なんだか先生がたくさんいるように見えました。心配そうな表情を浮かべて私の顔を覗き込む妻を見たとき、ああ、手術は無事に終わって病室に戻ってきたのか、とぼんやり考えていましたね。少しずつですが、周囲の音も聞き分けられるようになってきました。そのとき、医師のひとりが妻に説明をしていたのが耳に入ってきたのです」。
Aさんの耳に入ってきた会話は、医師のひとりが奥さんに状況を説明している声だったそうです。それもいい話ではなく、どうやらよくないことを伝えていることがわかったそうです。「最初は頭がまだはっきりしていないこともあって、医師の言っていることが理解できませんでした。妻が何度も聞きなおしていたので、何が起きているのかやっと理解できたんです。麻酔のおかげで朦朧としていたこともあって、ああそうなのかって思う程度だったのは不幸中の幸いだったのかもしれません。ただ、医師の口から出血という言葉が出たときだけは、ぎょっとしました」とAさんは話してくれました。その医師の説明によれば、導尿を入れる際、少し傷をつけてしまったようでした。そのため、止血の処置をする、という説明がされていたのです。
全身麻酔の手術後というのは、まだ意識が朦朧としていることもあり、覚醒はしていてもふらつくもの。ひとりでトイレに行くことは転倒の危険もあるため、細い管を通して、寝たままでも排尿ができるようにします。Aさんもまた、細い導尿を挿入されていたのですが、ベッドのシーツは血で汚れていたのだそう。大量出血ではありませんが、それなりに出血が続いているようで、これを止血しなければなりません。しかし、表面の傷ではないため、尿道の内側から止血をすることになったのです。
「まな板の上の鯉ではありませんが、身動きできませんからね。医師が処置を始めたときも、最初はさっさと終わらせてくれって思っていました。処置をしているところは、寝ている私からは見えませんでした。ただ、ちょっと痛いですよと医師が言ってすぐに、私は思わずうめき声をあげてしまいました。何かを挿入している感じはするのですが、体の中をゆっくり進んでいくような何とも言えない不快感。同時に、引き裂かれるような痛みも伴いました。大げさではなく、この世の終わりかと思いました」とAさんはそのときのことを話してくれました。あとで奥様からどのような処置がされていたのかを聞いて、Aさんは驚いたそうです。
「妻が言うには、採血のときに腕を縛るゴムバンドよりも太い管が挿入されたそうです。そんな太いものが入るわけない、と思ったそうですが、人体って不思議よねえって今では言っています。その時はただ、凄まじい光景すぎて言葉も出なかったそうですよ。私も後日、自分に挿入されている管を見てゾッとしましたけどね。心配しなくて大丈夫だよっていう思いで、見守っている妻を見ていたんですけど、予想外の痛みで苦しみながらも、彼女が心配している表情が、ホラー映画でも見ているような恐怖におののくものへと変化する瞬間は衝撃的でした。きっと映画のワンシーンにあるような野戦病院での光景って、そういう感じなのかもしれませんね」というAさんは、そのときの気持ちを振り返っていました。