そして、現実を直視する
学校の最寄り駅に到着し、電車を降りる。制服姿の生徒の群れに身を任せて改札のほうへと向かっていると、先の車両のほうからこちらに向かう女生徒の姿が目に入った。浅井さんだ!
どんなに離れていようと、人混みに紛れようと、必ず見つけ出すことができる。それが、好きな人というものだ。
歩みを進めるにつれ、着々と接近してくる。彼女は僕の姿を見て、なんと言うだろうか。きっと彼女らしい、可愛らしくユーモアの効いた言葉をかけてくれるのだろう。
「おや……?」
思わず口に出して言ってしまった。よく見ると、彼女は隣にいる見知らぬ男と楽し気に会話をしながら歩いている。制服からしてうちの生徒ではないようだが、あの男はいったい……。
「んん? ああ、浅井さんじゃん」
高梨くんも気付いたようだ。すると彼は、驚くべき言葉を発した。
「あれが彼氏かな?」
「……ええっ!!」
思わず発車の警告音に負けないぐらいの大きな声を発してしまった。
「あれ? 知らない? 浅井さん、隣の高校の人と付き合い始めたらしいよ」
「へっ、へ……へぇぇ……」
いかにも関心がなさそうに答えるのが精一杯だった。本当は今にも膝から崩れ落ちそうだった。
彼女ほどの美しい女性であれば、アプローチしてくる男もいるだろうとは思っていたが……。どこかで自分を待ってくれているような感覚があり、余裕を持ってしまっていた。しかしそれは錯覚でしかなく、悠長に構えていた僕は現実を突きつけられた。夏休み明けの希望溢れるはずの新学期に、早速こんな暗い影が差そうとは……。
そしてなにより、努力が無駄だったと感じたことがある。相手の男に視線を移すと、メガネをかけているのだ。黒縁の、割としっかりとしたメガネ。いったい僕は、この夏休みに何をしてきたのか……。
「あれ? そうだ」
ふと、頭にひとつ疑問が浮かんだ。
「高梨くん、なんで浅井さんに彼氏ができたこと知ってるの?」
男女関係に関心のあるタイプはないはずだが……。
「夏休みのあいだにクラスの何人かで遊園地に行ったんだよ。そこに浅井さんも来てて、言ってたよ。伊藤くん来なかったよね。誘いの連絡は来たでしょう?」
「あ、そうなんだ……」
知らなかった。どうやらこれから視力を取り戻したこの目で、見なければいけないものがたくさんあるようだ。