
手術前の待合室。恐怖と緊張に襲われる場面だ。人はどのようにその感情と向き合い、乗り越えていくのか。待合室で抱く感情や及んだ行動、その後の展開を小説形式で描く本連載。第2回目は、伊藤裕太さん(仮名)21歳が高校時代に体験した出来事を紹介する。
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好きな人のために受けたレーシック手術
電車のなかはエアコンが効いて快適な空間となってはいるものの、夏の湿気を帯びた空気がどことなく漂っていた。
今日から夏休みが明け、新学期が始まる。久しぶりの登校となり、憂鬱な気分に苛まれる生徒も多いだろうが、僕にはそんな感情は一切なかった。なぜなら、あの人に会えるから……。
吊り革に掴まりながら外の景色を眺めていると、「伊藤くん」と声をかけられた。隣を向くと、同じクラスの高梨くんが立っていた。
「ああ、おはよう。久しぶりだね」
夏休み明け一発目の挨拶を終えると、高梨くんが僕の顔をジッと見つめた。
「あれ? メガネは?」
僕の変化にすぐに気付いたようだった。そう、僕は夏休み前までは分厚いメガネをかけていたのだ。
「コンタクトにはしないって言ってなかった?」
「コンタクトじゃないよ。レーシックだよ」
「レーシック!?」
彼は目を丸くして驚いた。真面目な坊やにはちょっと刺激が強かったかもしれない。
「そう。レーシック手術を受けたんだ」
僕がレーシック手術を受けたのは、すべてあの人のため。大好きな、浅井ゆかりさんのためだ。