在宅介護で暴言や虐待が多発する心理とは
ただ、親との関係が良好で、コミュニケーションも十分とれていれば、お互い歩み寄れる部分もあって、気持ちはもちこたえられるものです。ところが、親に認知症の症状が出てくると、そうはいきません。
親子関係は各家庭によってさまざまですが、いずれにしてももっとも近くにいて、つねに会話し、喜怒哀楽をともにしてきた存在です。認知症になると、その会話が成立しなくなる。子はそのことに大きなショックを受けるわけです。
認知症のことはメディアでもよく取り上げられますから、どんな症状が出るか頭ではわかっている。それなのに、自分の親がそんな状態になると、とても冷静には受けとめられなくなります。
また、認知症になると、こちらのいうことは聞いてくれなくなりますから、目が離せなくなり、手がかかることも増えて、ますます自由がなくなります。こんな日々がつづくかと思うと絶望感に襲われるわけです。
■「虐待」はけっして他人ごとではない
在宅の介護でも介護される人が暴言や虐待を受けることが少なくないそうですが、「自由を奪われる」心理が引き金になっているような気がします。なぜなら、私も父に同様の行為をしたことがあるからです。
寝たきりになって1か月ほどしたころから、父に認知症の症状が出始めました。深夜、呼び出しのチャイムが鳴ったので居室に駆けつけると、「背中が痛い」というのです。心配になってかけ布団を取ってみると、父の背中の下から大量の煎餅のかけらと飴が出てきました。
父は寝たきりにはなっていましたが、手も使えましたし、食欲もありました。そのため、口寂しくなったときのためにと、ベッド横のテーブルに好物の煎餅と飴を置いておいたのです。しかし、その日は食べるのではなく、体の下にもっていったわけです。煎餅と飴は体の重さで割れ、かけらになる。それが痛くて私を呼んだのです。
私は思わず「何バカなことやってんだよ!」と声を荒らげてしまいました。父を責めるというより、“壊れていく”ところを見るのがやりきれなくて、この言葉が出たような気がします。 粉々になった煎餅と飴を片づけているときは自己嫌悪に陥りました。「親父はこんなことをやりたくてやったわけじゃない。病気だから仕方がないんだ。なのに、なぜ怒鳴ってしまったのか」と。そして、二度と怒鳴ったりしないとも。
その後も、父は同様の行為をつづけました。煎餅と飴は置きませんでしたが、ベッドの近くにあるもの、携帯電話やら体温計やらを体の下に入れるのです。それを見ると、自己嫌悪に陥ったことも忘れて、また声を荒らげてしまう、ということがつづきました。