滞納した家賃は、大家が請求しなければ時効で消滅
【賃借人の義務】
賃貸借契約(601条)を締結した場合、賃借人はいくつかの義務を負います。まず、賃料を支払わなければなりません(賃料支払義務)。賃料は特段の定めがなければ月末後払いですが(614条)、不動産賃貸借の場合は契約により前月末に前払いとされていることが多いです。また、賃借人は、契約などによって定められた用法に従い、賃借物を使用収益しなければなりません(616条が準用する594条1項、用法遵守義務)。さらには、賃借人は、善良な管理者の注意をもって賃借物を保存しなければなりません(400条、善管注意義務)。
なお、賃料債権は、支払期限から5年を経過すると時効によって消滅します(166条1項1号)。『長屋の花見』の場合、未収家賃の多くが時効によって消滅します。
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【601条(賃貸借)】
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
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大家側から賃貸契約を解除できるケース
【不動産賃借人の義務違反による債務不履行解除】
(1)債務不履行解除
賃借人が義務違反をしたときは、賃貸人は債務不履行を理由として賃貸借契約を解除することができます。しかし、不動産賃貸借契約の場合は、解除されると賃借人は生活や事業の場を失うことになります。
そこで、義務違反(債務不履行)があったときでも、いまだ信頼関係を破壊するに至らなければ、賃貸人が解除権を行使することは信義則上認められません(判例、信頼関係破壊の法理)。信頼関係を破壊するに至らない場合は、債務不履行が軽微(541条但書)であり、解除は認められないとも考えられます。なお、債務不履行がなくても、信頼関係が破壊されれば、契約の解除が認められることがあります。
解除が認められる場合、効果は契約締結時に遡る(545条1項)のではなく、将来に向かってのみ生じます(620条)。したがって、解除時までの賃料を返還する必要はありません。
(2)信頼関係破壊の法理
どのような場合に、信頼関係が破壊したといえるのでしょうか。
賃貸人に重大な経済的損失を与える場合(例.賃料を3〜4ヵ月分以上不払、著しく不相当な使用方法による賃借物の損傷)は、信頼関係破壊に該当します。
一方、賃貸人の主観的・感情的な信頼を害するにすぎない場合(例.挨拶の仕方が悪い)は、信頼関係破壊に該当しません。落語『二十四孝』では、隠居が親不孝の熊に対して建物の明渡しを請求しますが、親不孝を理由として信頼関係が破壊したとすることは困難です。
問題となるのは、用法違反事例(例.禁止されたペットの飼育)や近隣迷惑事例の場合です。信頼関係破壊に該当するかは個別具体的に判断されることになります。
『長屋の花見』の住人の場合、(長期間の)滞納は賃料債務の不履行であり、借家の雨戸と天井板を剥がして燃やしたことは善管注意義務違反です。いずれも家主に重大な経済的損失を与えているので、信頼関係の破壊に該当します。したがって、家主は賃貸借契約を解除して、明渡しを請求することができます。