「ルーチン診療」こそ他院と差別化を図るポイント
レセプトデータは、ドクターが手掛けている診療行為の積み重ねを「見える化」したものです。私たちは医療従事者ではないので、「検査を増やした方がいいのではないか」などと具体的な指示を出すことはありませんが、経験上、定点観測したそれぞれの項目を時系列に沿ってお見せすると、ドクターはぴんと来られるようです。
例えば、月に1件、2件しかない特殊な症例の場合、経営へのインパクトはほとんどありません。1ヵ月の医業収入600~700万円のうちわずか5~10万円の部分に時間や労力を割くべきでしょうか。
もちろん特殊な症例を実績として打ち出すことも、一種の差別化戦略として機能するかもしれませんが、効果としてはあまり期待できないでしょう。それよりもはるかに重要なのが、クリニックの屋台骨となっている「ルーチン診療」の部分です。日常の中でありふれ過ぎていて、さほど意識しないドクターが多いとは思いますが、この「ルーチン診療」こそ他院との差別化のポイントになります。
プロ野球の内野手を例に挙げて、ご説明しましょう。テレビ等で取り上げられるファインプレーについ目が行きがちですが、それ以外の90%以上の守備機会は“平凡”なプレーであり、注目されることもありません。しかし「守備の名手」と呼ばれる選手は皆、そういった“平凡”なプレーこそ大切にしているはずです。基本に忠実に、さほど難しくない打球をミスなくさばくことが、実はいちばんの“ファインプレー”だからこそ試合で使い続けられるのでしょう。
クリニックにおけるルーチン診療はまさに、プロ野球選手にとっての“平凡”なプレーと同じです。それにどれだけ意識的に取り組めるかで、クリニックの収益や患者の満足度が変わっていきます。レセプトデータを基に重点的に取り組むべき項目を絞ることは、すなわち「意識的にコントロールする部分を増やす」ことなのです。
「重点的に取り組むべき項目」が一発でわかるABC分析
レセプトデータを活用するには、「ABC分析」を行います。多くの指標の中から重視するポイントを決め、「A、B、C」と優先順位をつけて管理する手法で、「重点分析」とも呼ばれています。
診療行為別集計表をABC分析した結果、内科クリニックでいうと、その多くは「検査」が収益の約6割を占めていると分かります。これを重点項目と認識し、「なんの検査をしているか」を常に頭の片隅に置きながら診察することが、経営の安定化につながります。
また、検査項目をさらに細分化すると、血液検査なのか、エコーなのか、内視鏡検査なのか、主体となっている検査項目が示されます。そしてその項目一つに絞って数値管理をすれば結果は変わってきます。
実際、「他のことはなにも考えなくていいので、この検査だけ数値管理してください」とお伝えすれば、院長は納得されます。レセプトが「なにに取り組むべきなのか」 「クリニックの課題はなんなのか」を語ってくれているので、コンサルタントが言葉を費やして説明する必要がないのです。
在庫管理や価格交渉、集患…ABC分析はこれだけ役立つ
ABC分析による「選択と集中」は、クリニック経営に関するすべての判断に役立ちます。例えば薬品や診療材料等の在庫を管理するときも、主病に対応する薬品等に限定してABC分析し、上位品目を特定できれば、在庫管理にかける人手と時間コストを削減できます。薬品の価格交渉についても同じように分析し、銘柄ごとに個別交渉すれば、目に見えるかたちで収益が改善するでしょう。
また、新規顧客獲得に欠かせないSEO対策への活用としては、ホームページ上で紹介する主病を限定し、症状をより詳細に解説することでクリニックの特長を明確に打ち出すことができます。「AクリニックといえばXX」という認知が広まっていくのが理想です。特長が分かりやすいページ設計は患者への訴求効果を高めるだけでなく、キーワード検索にも有効に作用し、ページビュー数の増加にもつながります。
ラーメン店で考えると、分かりやすいかもしれません。醤油ラーメンと豚骨ラーメンと塩ラーメンを扱っている店があり、醤油ラーメンの売れ行きがいちばんいいとします。その場合、醤油ラーメンに「一番人気」等という宣伝文句をつけたり、メニューのいちばん目立つところに表示したりするでしょう。あるいは、店主がいちばん推したい、売っていきたいものが醤油ラーメンだった場合は、「お勧め」として紹介するでしょう。いずれにしても、「醤油ラーメン」に注力するその意識や行動が、「醤油ラーメンが人気の店」「醤油ラーメンといえばB店」という評判を呼ぶのです。
「利益率の高い傷病」を特定してみると…皮膚科の実例
実例として、疾病別原価計算を基にした皮膚科クリニックの主病名別利益率表を用いてご説明しましょう【図表】。
「合計」が各主病の診療点数を示しており、帯状疱疹が最も高く、アトピーが最も安くなっています。ただしこれだけでは収益の良し悪しは判断できません。その診療にドクター(看護師)が費やした時間を表す「Dr. 時間(Ns 時間)」も考慮に入れなければならないからです。この値が大きいほど手がかかる病気であり、小さいほど手がかからない病気だといえます。ドクターとナースが要した時間を合計して人件費を算出したうえで利益率(%)を割り出しています。
【図表】では、70%を超えている7項目に色をつけていますが、これらは利益率の高い傷病です。診療報酬が高い傷病が、必ずしも利益率が高いわけではないことがお分かりいただけると思います。
ドクターの診察時間が長くなるほど、利益率は低下
ドクターが直接関与する診察時間が長ければ長いほど、利益率は低くなります。医療の性質上、短時間で終わらせることが良しとされるわけではありません。「最適化」ができる可能性を追求していきましょう。
患部を診察して薬を塗る「皮膚炎」は1~2分で済む診療なので、経営的には効率のよい疾病です。一方、カミソリやメス等で角質を削り取る「鶏眼(けいがん)」や注射針で表面を空けて腫を摘出し、ピンセットで取り除く「稗粒腫(はいりゅうしゅ)」の場合、処置に時間がかかるので、利益率は低くなります。また、それぞれの疾病に要する「標準診療時間」をあらかじめ把握していれば、セルフマネジメントの一環としての時間管理が可能になります。
ちなみに、「皮膚科の診療単価は低いし、処方薬もOTC(一般用医薬品)に切り替わっていきそうだから、保険診療には将来性がない」という判断のもと、自由診療に取り組もうとされるドクターがいますが、早計だというのが私見です。確かに、一般皮膚科の平均診療単価が3000円程度(院外処方の場合)なのに対して、内科のそれは5000円なので、患者数をたくさん診なければ経営が成り立たないと不安を抱くのも理解できます。
しかし、利益率に着目すれば見方は変わるでしょう。診察におけるストレス等の要因は抜きにして、投資額とランニングコスト等を含めたトータルで考えると、利益率は内科1500円(30%)、皮膚科1200円(40%)と逆転するのです。穿(うが)った見方をすると、皮膚科の処方薬を保険外にしようとする動きは、「皮膚科の収益力の高さが医師の偏在を生んでいる」ことから持ち上がったのかもしれません。
もちろん、利益率の高低によって患者の扱いに差をつけることがあってはなりませんし、利益を重視する“商売”の匂いがしたら患者は自ずと離れていくでしょう。私が言いたいのは、院長の意識が変わると行動が変わり、クリニックも変わるということです。
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※ 一回の受診あたりの平均診療報酬単価(自社調査)
内科5000円、整形外科3000円、耳鼻科3200円、眼科6000円、皮膚科3000円、小児科5000円、婦人科3500円、精神科6000円
(参考)皮膚科における傷病別原価計算例
主病:鶏眼 初診282点 処置170点 合計452点×10円=4520円
コスト:Dr. 時間(10分) Ns 時間(5分) 人件費合計2375円
利益:4520円−2375円=2145円(47%)
主病:皮膚炎 初診282点 処置58点 処方箋71点合計411点×10円=4110円
コスト:Dr. 時間(3分) 人件費合計660円
利益:4110円−660円=3450円(84%)
主病:尋常性疣贅(ゆうぜい)
初診282点 処置210点 合計492点×10円=4920円
コスト:Dr. 時間(5分) Ns 時間(1分) 人件費合計1135円
利益:4920円−1135円=3785円(77%)
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柳 尚信
株式会社レゾリューション 代表取締役
株式会社メディカルタクト 代表取締役
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