債権が時効によって消滅することは多くの方に知られていますが、消滅時効の細かいルールについてはあまり知られていません。また、令和2年4月に施行された改正民法により消滅時効期間などが大きく変更されました。ここでは、消滅時効を落語『掛取万歳』を例にして解説します。※本連載は、弁護士・森章太氏の著書『落語でわかる「民法」入門』(日本実業出版社)より一部を抜粋・再編集したものです。

時効を迎えた借金は、「援用」によって返済義務が消滅

【時効障害など】

(1)時効障害

ア 完成猶予・更新とは?

消滅時効期間中に一定の行為があった場合、権利行使の意思が明らかになったといえるので、完成が猶予されることを時効の完成猶予といいます。また、権利の存在について確証が得られたといえるので、それまで進行していた期間がリセットされ、新たにゼロから起算されることを時効の更新といいます。

 

イ 裁判上の請求

裁判所に訴えを提起すると、裁判が終了するまで時効の完成が猶予されます(147条1項1号)。そして、確定判決などによって権利が確定したときは時効が更新され、裁判確定時から新たに時効が進行します(147条2項)。

 

ウ 催告

訴えを提起するのではなく、口頭や書面で弁済してほしいと単に請求することを催告(さいこく)といいます。催告をしても、催告時から6ヵ月間、時効の完成が猶予されるだけです(150条1項)。その期間内に裁判上の請求などを行わなければ、時効は完成します。催告は、訴訟提起などをするまでのつなぎの役割を果たすだけです。

 

『掛取万歳』の場合、家主、酒屋、魚屋及び三河屋は八五郎家を訪れ、弁済を求めて催告を行っていますが、催告時から6ヵ月間、時効の完成が猶予される効果しかありません。

 

エ 承認

債務者が債務の存在を認めることを承認といい、承認があったときは時効が更新されます(152条1項)。一部を弁済したり、支払の猶予を求めたりすることは承認に該当します。

 

『掛取万歳』の八五郎は、三河屋の旦那に「100万年も過ぎてのち、払います」と支払猶予を求めており、承認に該当します。八五郎の承認時から新たに時効が進行します。

 

(2)援用

消滅時効期間が経過すると、債権が時効によって当然に消滅するわけではありません。当事者が援用(消滅という利益を受ける旨の意思表示)しなければ、裁判所は時効を認めることができません(145条)。それゆえ、債務者が消滅時効期間の経過に気づかずに援用しなかったため、訴訟で支払を命じられることもありえます。

 

債権者に支払を猶予してほしいなどと伝えた後に、既(すで)に消滅時効期間が経過していると気づいた場合、債務者は消滅時効を援用できるのでしょうか。

 

民法に規定はありませんが、判例では、債務者が消滅時効完成の事実を知らなかった場合であっても、時効完成後に債務を承認する行為があったときは、債権者が時効を援用されないとの期待を抱くから、信義則上、その債務について時効を援用することは許されないとしています。したがって、債権者から請求された場合に安易に債務の存在を認めてしまうと、時効を援用することができなくなります。

配偶者が滞納した「NHK受信料」も夫婦の連帯責任?

【日常家事債務の連帯責任】

 

(1)夫婦の連帯責任

『掛取万歳』の女房が債権者に対して自分は関係ないので夫の八五郎に請求してほしいと主張した場合、認められるのでしょうか。

 

夫婦は、互いに日常家事に関する法律行為について法定代理権を有しており、この代理権の効果として日常家事債務について連帯責任を負います(761条)。つまり、妻(夫)が自分名義で契約しても、夫(妻)名義で契約しても夫婦は連帯責任になります。

 

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761条(日常の家事に関する債務の連帯責任)

夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、(略)。

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(2)日常の家事

「日常の家事」とは、個々の夫婦が共同生活を営むうえにおいて通常必要な事務をいいます。具体的には、衣食住、医療・教育・娯楽に関する契約などです。

 

判例では、「日常の家事」に該当するかの判断基準として、「個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によって異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によっても異なるというべきであるが、他方、(略)夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべき」としています。

 

『掛取万歳』の場合、家主、酒屋及び魚屋の各債権は食住に関するものであり、八五郎夫婦にとっても客観的にも日常家事に関して発生したものといえるので、女房も連帯責任により支払義務を負います。したがって、女房が「自分は関係ない」と主張しても認められません。

 

なお、近時の裁判例では、NHKの放送受信契約に基づく受信料は、(平成15年当時、)テレビを視聴することは日常生活に必要な情報を入手する手段または相当な範囲内の娯楽であるなどとして日常家事債務に該当するとしています。

 

実際に、その家庭がNHKの番組をどれくらい視聴していたかどうかは、日常家事債務の該当性には影響しないと判断しています。

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