患者さんをサポートできない!…作業療法士のもとに届いた「霞が関からの通達」

患者さんをサポートできない!…作業療法士のもとに届いた「霞が関からの通達」
(※写真はイメージです/PIXTA)

作業療法士の仕事に情熱を傾けてきた筆者は「訪問看護リハビリ」という領域を開拓し、リハビリが必要な高齢者や、高齢者を支える家族に支持されてきました。同様のケアを行う事業所も増やし、作業療法士による「訪問リハビリステーション」の設立も見えてきた矢先、厚生労働省から、訪問介護リハビリの制度改正の通達が届いたのです。2006年の、ある日曜日のことでした。

訪問リハビリと訪問看護リハビリ

筆者が作業療法士になって以来、力を入れてきた「訪問看護リハビリ」。

 

利用者からすると、療法士が家に来てリハビリの施術を行ってくれるという、とても単純なことだと思いますが、そのシステムは実に複雑にできています。

 

訪問型のリハビリには、その設置者や設置要件によって二つに分けられます。

 

一つは病院やクリニック、老人保健施設などの医療機関が行っているもの。これを運営することができるのは、医師に限られています。病院や診療所などの施設から、医師の指示のもと療法士が利用者の自宅を訪問して行います。事業種目としては「訪問リハビリテーション」と言われます。

 

もう一つが、民間事業者が運営するもの。筆者が運営する創心會もこれに該当します。これは「訪問看護ステーション」からのリハビリということになります。ここの経営者には、市場でのリハビリのニーズをみて起業した一般の経営者や投資家もいますし、私たちのように療法士が起業したケースもあります。一般的には、療法士が立ち上げた施設よりも一般の経営者が立ち上げた施設のほうが多いといわれます。この施設では医師がいませんが、看護師がいます。法律上最低でも2.5人はいなければなりません。

 

そして法律的には、医師が利用者を診断した指示書をもとに、看護師が施術するべきリハビリを、療法士が自宅に訪問して「代行」するという形になっています。

 

つまり、訪問看護ステーションにおいては、私たち療法士は医師の指示が必要で、あくまで「看護師の代行」で訪問するという位置づけ。リハビリを行う専門職でありながら、「自分がリハビリを担当します」と利用者の方に堂々と伝えることに躊躇してしまうような立場にいるのです。

 

[図表1]訪問リハビリと訪問介護リハビリの違い

 

このことに、筆者は長年忸怩たる思いをもっていました。そんな状態に置かれて、療法士たちは意欲や意思を十分に発揮できるのか。

 

また、起業した療法士にとっては、民間リハビリ施設の経営者でありながら、医師の指示が必要で、「看護師」の代行で訪問するという制度上の位置づけにある反面、施設内では看護師の雇用主です。つまり現場でのポジションと法律上のポジションが捩れている。

 

このように私たち療法士が抱える重い苦悩がある。一般の方にはなかなか分かりにくいのですが、ここにリハビリ業界の複雑な構造があります。

 

筆者は、この矛盾を抱えながらも、ただ実績をあげることで反旗を翻そうと思ってきました。つまり「本物ケア」を突き詰めて利用者の自立を叶えるという成果をあげ、そして社会に認知してもらおう。地域で行うリハビリの意義を知らしめて、結果的に制度を変える空気をつくりだすのだと。

 

実際に、独立開業から10年経ったころでは、本物ケアを提供する事業所は20にまで増え、売上はおよそ9億円になっていました。この数字はご利用者から頂いた支持として、私は誇りをもっていました。

 

私はだんだんと、療法士が医師や看護師の下に置かれてしまう状況から抜け出し、リハビリ専門職として療法士による「訪問リハビリステーション」をつくることも夢ではないと、思うようになっていました。

 

そんなときに、あろうことか霞が関の厚生労働省から、訪問看護リハビリの制度改正という横槍が入ったのです。のちに「訪問看護7制限」と呼ばれる、規制の強化です。

2006年、突然の制度改正

私たちが圧倒的に不利になる制度の改正の通達は、2006年のある日曜日、関係者経由で届きました。

 

通達にはこう書かれていました。

 

理学療法士等の訪問について

理学療法士・作業療法士または言語聴覚療法士による訪問看護は、その訪問が看護業務の一環としてのリハビリを中心としたものである場合に、保健師または看護師の代わりに訪問させるという位置づけのものであり、したがって、訪問看護計画において、理学療法士等の訪問が保健師または看護師による訪問の回数を上回るような設定がなされることは適切ではない(以下略)

 

つまり当時の厚生労働省は、訪問看護ステーションが行うリハビリの回数に、制限をかけようとしたのです。例えば、看護師が月間で1000件の看護サービスを利用者に提供しているとしたら、リハビリはそれ以下の回数でなければ認めない、というわけです。

 

これは介護保険法改正のなかに書かれた内容ではなく、解釈通知でした。そのため、「訪問看護ステーションがやっていることは訪問看護なんだから、訪問リハビリサービスの供給量が看護サービスよりも上回ったらおかしい」という考えを伝える内容だったのです。

 

この規制に関して、当時のメディアはこう書きました。 

 

〈訪問看護ステーションからの理学療法士などが行う訪問を看護師の半分以下にする、3月初旬に厚生労働省が新しい報酬の解釈を示したことで、現場は混乱している。もし額面どおりに運用されれば、株式会社などの訪問看護ステーションを直撃する。(中略)なんでこうなるの?〉(2006年3月24日、「シルバー新報」)

 

この記事のなかで取材を受けた私は、こんな発言をしました。

 

〈ぼくらは介護保険制度前から訪問リハビリを始め、地域のリハビリのニーズに応えてきた自負がある。サービスを心待ちにしている利用者もいる。何の説明も無く、訪問リハビリができなくなるかもしれないということはとても納得がいきません〉

 

記事はこう続きます。

 

〈介護保険が始まると同時に指定をとった訪問看護事業所には、PT・OTが18名在籍し、240名がサービスを利用している。創心會の訪問リハは「こころをつくること」と二神さんは言う。デイサービスや訪問介護のサービスも「リハビリ=生活の再構築」という理念に基づき必要になった時点で足していった。近隣の医療機関やケアマネジャーとの連携も進み、在宅での生活を支える訪問リハビリの仕組みができあがりつつあった矢先の今回の解釈通知に「ウソだろと思いましたよ」と、二神さんは語る〉 
※注 PTは理学療法士、OTは作業療法士を指す

 

地域で行う利用者の自立のためのリハビリの重要さを、そしてそこで果たしてきた療法士の存在価値を、ようやく業界全体に知らしめることができ始めたと思っていた矢先でした。このとき感じた私のむなしさ、やるせなさはとても言葉にできません。

 

利用者側だけの問題ではありません。この規制が実施されたら、訪問看護ステーションに勤める大勢の療法士が職を失うことになるのです。もちろん、私たちの事業所に所属する療法士も同様です。本物ケアを目指す私の理念に共感して、ここまで働いてくれた療法士たちを解雇せざるを得なくなるかもしれないのです。

 

利用者を守るため。自分たち療法士の存在価値を証明するため。とてもこんな規制を認めるわけにはいきません。

 

私はこの不条理な「制度改正」と闘うことを決意しました。

 

 

二神 雅一
株式会社倉心會 代表取締役

 

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本物ケア

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二神 雅一

幻冬舎メディアコンサルティング

「寝たきり」や「リハビリ依存」の高齢者。必要以上のサポートを行う過度な介護が、高齢者から身体機能回復のチャンスを奪い、自立を妨げているのです。 20余年にわたり介護業界で活躍してきた著者が掲げる「本物ケア」は、…

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