繁盛しているクリニックであっても、その内情にはトラブルを抱えているケースが少なくありません。しばしば見られるのが、人材の突然の退職やスタッフ間のトラブルといった労務問題です。診療にも深刻な影響を及ぼすリスクがあるため、院長の速やかな対処が重要です。※本記事は、『競合と差がつくクリニックの経営戦略』(日本医療企画、蓮池林太郎著)より一部を抜粋・再編集したものです。

労務問題が起ってしまうと、お金も時間もマイナスに

労働問題が起こる前に予防することが大事です。労働問題が起きてしまったら、解決できたとしても時間もお金もマイナスになります。トラブルにならないように、予防策に時間とお金をかけていく必要があります。予防のための仕組みをいちいち作るのは面倒ですが、仕組みを持っておくと、確実に労働問題を減らすことができます。まずは、全般的に行っておくべき予防策をお伝えします。

 

 ①誓約書を提出してもらう 

 

採用時に誓約書を提出してもらいます(図表1)誓約書にはルールや禁止事項を記載して、サインを書いてもらいます。「きちんとしたルールに基づき運営されているクリニックだな」と印象づけられます。

 

 
[図表1]誓約書(服飾等)の例

 

 ②身元保証書を書いてもらう 

 

同様に、身元保証書を書いてもらいます(図表2)。身元保証人は親が一番よいでしょう。固定電話などの番号も記載してもらいます。トラブルになったときに連絡がいくことになるため、抑止力になります。

 

身元保証人は、親であっても本人の状況を把握していないことがあり、トラブルがあったことを伝えると驚かれることがあります。トラブルになったことを誠実に伝えて協力を申し出たら、力になってくれることもあります。

 

[図表2]身元保証書の例

 

 ③前職の評判を聞く 

 

当院を辞めたスタッフが別の医療機関の面接を受けて、その医療機関から当院に「どんなスタッフだったか」と電話で問い合わせてくることがあります。スタッフの働きぶりについては答えてはいけないので、当院では回答していませんが、他の医療機関では答えているクリニックもあるようです。

 

 ④トライアル勤務をしてもらう 

 

最も行ったほうがよい予防策です。トライアル勤務をすると、その人の能力や人柄がある程度わかります。そのため、給与を支払っても行う価値があります。

 

なお、トライアル勤務をしてみて、本人から辞退の申出があることもありますが、求職者にとっても実際にどのような職場か体験できるのでメリットがあります。

 

ただし、トライアル勤務ですべてがわかるわけではありません。トライアル勤務を挟むことで入職率が下がりますので、人手不足のときは、トライアル勤務なしで雇用するのも1つの選択肢です。

 

◆職種別トライアル勤務のチェックポイント◆

【医師】

●能力…… 診断力、病気についての説明力、患者さんからのフィードバック、診療スピード。

●人柄……患者さんへの対応、看護師や医療事務への対応。

 

【看護師】

●能力……採血、点滴、注射などの手技、病気についての知識など。

●人柄…… 患者さんへの対応、同僚となる看護師との相性、医師や医療事務への対応、クリニックに訪れる業者への対応。

 

【医療事務】

●能力……受付対応、入力のスピードと正確性、レセプト、電話対応など。

●人柄…… 患者さんへの対応、同僚となる医療事務との相性、医師や看護師への対応、クリニックに訪れる業者への対応など。

 

 ⑤業務内容をマニュアル化する 

 

スタッフが行う業務内容や患者さんへの対応をマニュアル化します(図表4)。なかには、患者さんに対して社会常識から逸脱した対応をするスタッフもいます。

 

マニュアル化して、ルールを決めることにより、いちいち指摘する回数が減り、無駄な軋轢を減らすことができます。マニュアルからずれていた場合も指導しやすくなります。

 

[図表3]マニュアルの例

 

 ⑥定期的にコミュニケーションを図る 

 

定期的に面談をする、一緒にご飯を食べに行くなどコミュニケーションを図ると、悩み事やトラブルを早く察知することができます。診療時間中にいいにくいことも、面談中や外でならいいやすいこともあります。

 

できれば、ゆっくり話しやすい個室、もしくは他の人に話し声を聞かれない空間がよいでしょう。もちろん、食事代はご馳走します。スタッフのなかには、勤務時間外に食事をしたくないという人もいるので、そういった場合は本人の希望を優先させます。

事務長を雇用しても、すぐ解決できるとは限らない

誰かに人事トラブルの相談をすると、「事務長を雇えばいいじゃない」とアドバイスをもらうことがあるかもしれません。たしかに、労務トラブルや患者さんからのクレームなどは、事務長が対応してくれたら診療に集中できます。

 

しかし、残念ながら、事務長を雇えばすぐに解決するほど甘くはなく、事務長を雇っても苦労が絶えないクリニックが少なくありません。事務長を雇用すると、既存のスタッフと折り合いが悪くなるケース、事務長としての能力が低く業務を遂行できないケース、お金の管理を集中的に行うため横領してしまうケースなどをよく聞きます。そもそも売上1億円規模のクリニックでは年俸500万円の事務長を雇用しても、費用対効果が見合わないケースもあります。

 

事務長は医療事務より給料が高い傾向にあり、看護師より高額になることもあります。事務長となる人の前職は、製薬会社、病院の医事課、医療関係でない職種などさまざまですが、前職の経験があまり役に立たないこともあります。雇用する場合は、医療事務としての勤務経験があるほうが望ましく、経験がないと医療事務へ業務内容の指示は難しくなります。信頼できる親、兄弟、親戚などに事務長を依頼するのも選択肢の1つです。

 

事務長を雇うべきかどうかの判断基準が明確にあるわけではありませんが、医療事務を行わない事務長を雇用する場合は、分院展開をしているクリニックや3診体制以上あるクリニックが目安といえます。

 

事務長は、可能であれば、医療事務のなかから適性のあるスタッフを内製するべきだと筆者は考えています。内製することができれば、事務長となるスタッフの人柄、能力はわかっていますし、人間関係も現在の延長になります。当院でも長年勤務している医療事務の一人に事務長のような役割をしてもらっています。

 

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蓮池 林太郎

日本医療企画

医師である著者は、2009年に東京新宿で開業しました。競合クリニックがひしめく新宿において、決して立地に恵まれていたわけではないのに順調に経営ができてきたのは、患者さんがスマホでクリニック選びをする時代になり、その…

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