相続発生前に家族で話し合っておくべきこと
相続税の大増税という言葉がメディアで取り上げられるようになったきっかけは、2013年度税制改正法案です。しかし、大増税議論よりも本当に怖いのは「相続問題」です。たとえ相続税対策に成功しても、親族間の醜い争いに発展するケースがいかに多いか。これまで数々の家庭の相続にかかわるなかで、その惨状を何度も目の当たりにしてきました。
大増税という言葉に踊らされているうちに、相続で本当に考えるべきことが捨て置かれてはいけません。本当に伝えたいのは、幸せな相続を迎えるためにはどんな心構えが必要かという、ただその一点なのです。
相続を迎えるに当たって、まずは親子のコミュニケーションがいかに大切であるか、お話ししましょう。
税法や特例を活用すれば、大増税への打つ手はいくらでもあります。しかし、税テクばかりを重視して相続税を減らすことに成功したとしても、結果として家族間で「争続」となってしまえば意味がありません。
多くの相続事例にかかわっていくなかで、親子というのは実に不可解で不思議な関係だと思うようになりました。親子だからわかり合えること、親子であるが故にわかり合えないことがあります。親子は大変な「縁」で結ばれています。とても近い存在だからこそ、どちらかが話しかけなければ、腹を割った話し合いはなかなかできないものです。とりわけ相続の話となれば、そのハードルはさらに高くなるのではないでしょうか。
案外、親は子どもから話しかけてくれるのを待っているのかもしれません。ただ、子どもから親に話しかける場合、注意すべき点があります。相続対策にからんで、親の財産を当てにするような雰囲気を出してしまうことです。
親からすると、財産にしか興味がないように見えてしまいます。そうではなく、誰の人生にも山あり谷ありの起伏があるものです。子どもは子どもなりに大変な思いもしているでしょうが、親も苦労して今日の家庭を築いてきたのです。子どもが自分のことを親に理解してもらいたいのと同じように、親も自分のことを子どもにわかってもらいたいものなのです。
人生を生きていく意味の一つは、自分のことだけでなく、1人でも多くの他人の人生を知ることではないでしょうか。まして、自分の人生に一番影響を与えてくれた親の人生を知ることは、自分の人生のルーツを知ることであり、親を通して本当の自分を発見する手がかりになると思うのです。
子世代が親の財産を意識するのは時代も影響していると思います。長引く不況とデフレ経済で企業の体力が低下し、給料を削減したり、リストラを行うのが当たり前になりました。この時代に子世代の人が家族を養い、教育費などを捻出するのは大変です。その結果、明確に意識するしないは別にして、親の財産を当てにしてしまうのでしょう。
昔からの教訓で、次のような言葉があります。
「くれくれ息子にやりたくない」
子世代の方は、まず社会人として、親としての役割をまっとうしてください。きっと親は、子どもが努力する姿を見てくれているものです。ときには人生の話も交わしながら、ぜひ親子の関係を築いてほしいと思います。
遺産相続の話し合いは仏壇の前で・・・
遺産相続の話し合いをスムーズに進めるために、一つ、秘策をお伝えします。これは地方型相続が中心にはなりますが、遺産相続の話し合いを仏壇の前で行ってもらうのです。どのような流れなのか説明しましょう。
法事などで全員が集まりやすいとき、兄弟姉妹で仏壇の前に集まり、いままで育ててくれた感謝を亡き親に語りかけながら、親の気持ちに添うよう仲良く話し合いをしていく旨を確認します。いきなり遺産相続の話をするよりも、子どもの頃の思い出話に花を咲かせるなどして、兄弟姉妹の絆を確認し合うほうがいいでしょう。
次に遺産相続の話し合いに入るのですが、ここで一つポイントがあります。長男が後継ぎと決まっている場合、私たち税理士が先に長男の思いを確認しておくのです。自分の優雅な生活のために親の財産を多くもらいたいと思っているのか、実家を自分の代で絶やさないために財産を預かろうと思っているのか――どちらの気持ちが強いのか、長男に率直な思いを確認します。
そのうえで、実家の存続を本当に願っているのであれば、その思いを素直に兄弟姉妹に訴えます。そして、「何とか預からせてほしい」と頭を下げて頼むのです。頭を下げたらいいというわけではありませんが、それで遺産相続の話し合いがスムーズに進展するケースも多くあります。
世間一般では、相続人は皆平等といわれますが、元の財産の持ち主である親からすれば、単純に、数学的な平等が本当の平等といえないような気持ちを抱いているものです。相続人それぞれの役割により、分け方の比率に上下があることが、本当の意味での平等である場合もあるのではないでしょうか。とりわけ長男が実家を守る場合、相続人のなかでも長男の役割の比重は重いといえるでしょう。
相続の依頼を受けた場合、こうして実際に遺産相続の場に立ち会うケースがよくあります。とくに相続人同士で意見が対立し、話し合いが平行線をたどっているような場合、私たちのような税理士が間に入ることで、それぞれの気持ちが整理され、話し合いがスムーズに展開するケースが少なくありません。私たち税理士は中立的な立場で相続人一人ひとりの意見に耳を傾けられるからです。
話し合いの雲行きが怪しくなってきた場合、ご仏壇の遺影の写真を見ながら次のようにお伝えすることもあります。
「もし亡くなったお父さん(あるいはお母さん)がいま目の前にいるとしたら、この状況を見て、みなさんにどんな話をされるでしょうね」
そうやって親の存在を改めて感じてもらうことで感情が静まり、冷静に判断できるようにもなるのです。相続人の感情を読み取って、適切な間合いで言葉をはさんだり、アドバイスを行うのは、経験豊富な税理士でなければ難しいでしょう。