妻の反対を押し切り、田舎で1人で「蕎麦屋」を開業
Gさんは田舎暮らしを夢見て、会社員生活を続けてきました。
「田舎の人は人情もあるし、何よりも素晴らしい自然がたくさんある。生活費も安そうだし、中古の一軒家なら退職金で何とか買えそうだし、夏休みや冬休みに孫たちに田舎に行くことを楽しみにしてもらえる」というのが、Gさんのかねてからの考え方でした。
ちなみにGさん、実家が地方にあって大学入学時に上京し、そのまま東京の会社に就職したという人ではなく、東京生まれの東京育ちで、大学も東京、就職も東京という人です。
東京というと、多くの企業が集まり、高層ビルや大型商業施設が林立しているイメージですが、Gさんが住んでいたところは昔、生活している人がけっこういて、ご近所付き合いもあったそうです。
しかし、最近はめっきり生活感が失われるのと同時に商業圏、ビジネス圏としての色彩が強まり、一軒家はほとんど見当たらなくなりました。Gさんが生まれ育った実家もなく、両親はすでに他界しています。
こうして60年間、東京以外の土地は旅行で行った程度ですが、徐々に定年が近づいてくるなか、家族で旅行に行った楽しい思い出と共に、Gさんの地方移住に対する気持ちはどんどん強まっていきました。妻に相談したら、けんもほろろでした。
「そんな縁もゆかりもない土地に行ってどうするの? 私はこっちに友達もいるし、住み慣れた街を離れるのは嫌。行きたいなら自分一人でどうぞ」
妻の強い反対で一時は収まったかのように見えたGさんの地方移住熱ですが、Gさんの元同僚が地方と東京の二拠点生活を始めたという話を耳にした途端、再び地方移住したい病が再発してしまいました。
「だったら、自分一人で行ってやろうじゃないか」
Gさんは妻と離婚はしないまでも、卒婚という形にして、とりあえず自分は地方で暮らすと宣言しました。妻は「どうぞ、どうぞ」と大歓迎。定年になって毎日、家でゴロゴロされ、メシだ、風呂だと言われるくらいなら、地方でもどこへでも行って頂戴というのが、妻の偽らざる思いです。
ただ条件がありました。移住先で仕事を見つけて生活費を稼ぐこと、退職金にはいっさい手を付けないことの2つで、これさえ守ってくれれば、あとは好きにやってもらってかまわないということでした。Gさんは大喜びで準備を始めました。
まず住む場所が必要ですが、Gさんには1つ大きな野望がありました。それは、「田舎で蕎麦屋を開くこと」です。そのため密かに定年前から蕎麦打ち教室に通い、蕎麦打ちの技術に磨きをかけていました。
資金面も、実は妻に内緒でお金を貯めていました。Gさんは株式投資の経験が長く、3000万円程度の運用資金を持っていたのです。場所は住むところを改築すればいいという考えで、空き家を無償譲渡してもらいました。3000万円のうち2500万円をリフォーム代にして、残りの500万円で什器類などを揃えました。
お店は古民家を改造したもので雰囲気満点。什器類もセンスのいいものを取り揃えて、いよいよ営業開始。妻は「どこにそんなお金があったの」と厳しい顔で問い詰めましたが、「退職金に手を付けない」という条件を出したのは妻のほうで、それがきちんと守られている以上、さらに踏み込んで詰問するようなことはしませんでした。
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