NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。女優復帰を果たした千栄子は映画や舞台への出演依頼も相次ぐようになる。小津安二郎監督の『彼岸花』、黒澤明監督の『蜘蛛の巣城』、内田吐夢監督の『宮本武蔵』等々、日本を代表する巨匠たちの作品に出演者として名を連ね、映画に欠かせない存在となっていく。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

 

千栄子が生涯に出演した映画やドラマは216本に

この時に彼女の暴走を止め、命を救ってくれたのは主人一家の飼猫だった。便所に忍び込んできた猫がゴロゴロと喉を鳴らし、体をこすりつけて懐いてくる。

 

何度追い払っても離れようとせず、機会を逸してしまったという。

 

あとで冷静になり考えてみれば、なんと馬鹿なことをしでかそうとしたのかと思う。

 

思い留まらせてくれた猫には感謝した。以前から千栄子はこの猫を可愛がり、猫のほうも家人よりも彼女に懐いていたという。

 

冷酷な主人や底意地の悪い先輩たち、人間関係に恵まれなかった奉公先で、この猫は唯一の味方でもあった。

 

以来、猫にはひとしおの思いを抱くようになる。

 

自宅で自由に動物が飼えるようになってからは、野良猫を見ると放ってはおけなくなって、つい連れて帰ってしまう。だからいつも家には複数の猫がいた。

 

猫の他に犬も2匹飼っている。おかけで家のなかは、いつも騒がしかった。

 

いくら言い聞かせても、動物たちはいたずらをする。よく吠えて騒ぐ。しかし、千栄子はそれに怒ることはない。

 

「こら、あかんでぇ」

 

と言いながらも、その目は笑っている。

 

これまでの人生、酷い裏切りに彼女は何度も泣かされてきた。人間とは違って、動物たちは絶対に裏切らない。無垢な視線を向けられると、こちらまで自然に微笑んでしまう。おそらくこの時には、撮影現場ではけして見せることのない表情をしているはずだ。

 

京都中を探し歩き、ここしかないと惚れ込んだ土地に建てた終のすみ家である。

 

建物の意匠、襖や障子、庭石の配置まで、すべて自分の好みで選んだ。この世で最も安らげる場所、そこに愛する者たちと住む。人生の最終章で、彼女はついに夢に描いていた幸福を手に入れることができた。

 

昭和48年(1973)12月22日、浪花千栄子は66歳でこの世を去る。死因は消化管出血ということだが、前日まで誰もそれを予測していなかった突然死である。

 

それは、当時の平均寿命よりもずっと早い終焉だった。

 

千栄子が生涯に出演した映画やドラマは216本にもなるという。

 

そのすべてが、命を削る思いで演じたものばかり。

 

貧しく不幸な境遇に抗い続けたあげくに、幸福を得るための唯一の手段はこれしかない。と、信じて突き進んだ道。命の炎を燃やしながら女優の仕事に賭か

けてきた。

 

他人より激しく燃え続けたぶん、早く燃え尽きてしまうのはしょうがない……大往生といえるだろう。

 

「ああ、疲れた」

 

死の前夜にはそう言って床に入ったという。

 

その最後の言葉にも、千栄子の壮絶な人生がしのばれる。

 

青山 誠
作家

 

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