患者家族「寝たきりの母に食事をさせたい」の理由は…
ある日私たちのクリニックに、一つの相談が持ち込まれました。今まで他院から訪問診療が入っていたのですが、そこに代わって診療に来てもらえないかという相談でした。
一〇年来施設に入所している一〇〇歳のAさん。ずっと元気に施設での生活を続けてきましたが、最近、誤嚥性肺炎を起こしました。幸い肺炎の治療はうまくいったのですが、それを契機に絶食の指示が続いているようでした。
家族は口からものを食べさせたいという希望が強く、それをかなえるためにクリニックを変更したいとのことでした。Aさんは自分の意思を表現できるような状態ではなかったので、私たちは少し身構えました。安易に事を進めて、もし重篤な誤嚥性肺炎を再び起こしてしまえば、Aさんの生命にかかわる問題となります。
そのようなリスクを冒してもなお「食べたい」という希望はどこから発せられているのか、ここが大きなポイントとなります。Aさん本人から発せられているのなら、大きな問題ではないかもしれませんが、今回は本人からの意思表示は望めません。医師は、家族の言動の中から、この「本人の意思」をくみとらねばなりません。
「食べたいというのはご本人のご意思でしょうか?」
さっそくAさんとご家族にお目にかかりました。訪問時Aさんは何も語らず、ベッドに静かに横たわっておられました。事前情報のとおり、コミュニケーションさえできない状態でした。息子さんが二人、娘さんが一人おられ、次男さん夫婦は医学に関連した仕事をされており、娘さんは大学で栄養学を教えておられました。Aさんの病状説明から始め、徐々に核心部分へと話を進めていきました。
最大の注目点は、家族の考えがいかに本人の意思に近づいているかです。ある程度お互いの様子がわかってきたころを見計らって、思い切って核心に切り込んでみました。
「食べたいというのはご本人のご意思でしょうか?」
この質問を単刀直入に家族全員に投げかけました。すると、はっきりした答えが即座に返ってきました。
「私たちは母に食の大切さを厳しく教えられて育ちました。生きることは食べることだと、母は言うと思います」
その場で私たちは、リスクはあるものの、最大限安全に経口摂取ができるようサポートすることを家族に約束しました。
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