麻酔科医から在宅医へと転身した矢野博文氏は書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』のなかで、「最期までわが家で過ごしたい」という患者の願いを叶えるために、医師や家族ができることは何か解説しています。

患者家族「寝たきりの母に食事をさせたい」の理由は…

ある日私たちのクリニックに、一つの相談が持ち込まれました。今まで他院から訪問診療が入っていたのですが、そこに代わって診療に来てもらえないかという相談でした。

 

一〇年来施設に入所している一〇〇歳のAさん。ずっと元気に施設での生活を続けてきましたが、最近、誤嚥性肺炎を起こしました。幸い肺炎の治療はうまくいったのですが、それを契機に絶食の指示が続いているようでした。

 

家族は口からものを食べさせたいという希望が強く、それをかなえるためにクリニックを変更したいとのことでした。Aさんは自分の意思を表現できるような状態ではなかったので、私たちは少し身構えました。安易に事を進めて、もし重篤な誤嚥性肺炎を再び起こしてしまえば、Aさんの生命にかかわる問題となります。

 

そのようなリスクを冒してもなお「食べたい」という希望はどこから発せられているのか、ここが大きなポイントとなります。Aさん本人から発せられているのなら、大きな問題ではないかもしれませんが、今回は本人からの意思表示は望めません。医師は、家族の言動の中から、この「本人の意思」をくみとらねばなりません。

 

「経口摂食」を望む理由は…(画像はイメージです/PIXTA)
「経口摂取」を望む理由は…(画像はイメージです/PIXTA)

「食べたいというのはご本人のご意思でしょうか?」

さっそくAさんとご家族にお目にかかりました。訪問時Aさんは何も語らず、ベッドに静かに横たわっておられました。事前情報のとおり、コミュニケーションさえできない状態でした。息子さんが二人、娘さんが一人おられ、次男さん夫婦は医学に関連した仕事をされており、娘さんは大学で栄養学を教えておられました。Aさんの病状説明から始め、徐々に核心部分へと話を進めていきました。

 

最大の注目点は、家族の考えがいかに本人の意思に近づいているかです。ある程度お互いの様子がわかってきたころを見計らって、思い切って核心に切り込んでみました。

 

「食べたいというのはご本人のご意思でしょうか?」

 

この質問を単刀直入に家族全員に投げかけました。すると、はっきりした答えが即座に返ってきました。

 

「私たちは母に食の大切さを厳しく教えられて育ちました。生きることは食べることだと、母は言うと思います」

 

その場で私たちは、リスクはあるものの、最大限安全に経口摂取ができるようサポートすることを家族に約束しました。

 

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本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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鬼木 一直

幻冬舎メディアコンサルティング

親の小さな心がけで、子どもの未来は大きく変わる!前に踏み出す力、考え抜く力、チームで働く力が身に付き子どもの可能性を最高に伸ばす家庭教育メソッド。すぐに役立つ、子どもがすくすく育つ、企業のマネジメントと教育現場…

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