麻酔科医から在宅医へと転身した矢野博文氏は書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』のなかで、「最期までわが家で過ごしたい」という患者の願いを叶えるために、医師や家族ができることは何か解説しています。

家族や施設職員を対象に「吸引」講習を実施

まず、内視鏡を用いてAさんの摂食嚥下の状態を調べるVE検査を実施しました。本来なら気道の蓋になるはずの喉頭蓋が漏斗状になり、むしろ食塊を気道に留める様子が確認され、誤嚥の危険性はかなり高いと判断されました。

 

次に、気道の吸引の問題がありました。Aさんは唾液などの口腔内分泌物の飲み込みが不十分で、それらが気道に溜まり、呼吸状態が時々悪化していたのです。適時に気道の吸引をすればその状態は改善し、誤嚥性肺炎の予防にもきわめて有効ですが、誰がその吸引をするかという問題が生じました。

 

気道吸引は医療行為と見なされており、この行為は基本的には医療職か家族にしか許されていません。しかし、施設に入所している関係上、二四時間家族が吸引を行うことは不可能です。

 

定められた講習を受ければ介護職も法的に吸引は可能ですが、今回はそんな時間的余裕はありませんでした。ただ、現状に尻込みしていても仕方がないので、とにかく家族や施設職員を対象に吸引の講習を行いました。

 

講習の最後に、緊急時は私たちが駆けつけることを約束したうえで、緊急時の気道吸引も含めて、生命や身体の危難に対する緊急避難的行為に関しては、誰が実施したとしても、その行為の正当性が刑法上保証されていることを申し添えました。元々Aさんの入所している施設の職員は皆さん協力的でしたが、この講習後はなおいっそう一致団結して協力してくれました。

「食べる」という行為は、単なる栄養摂取ではない

基本的には毎日訪問診療と訪問看護に伺い、平日は言語聴覚士が、休日は家族がAさんの経口摂取をサポートしました。果物、魚、ヨーグルト、味噌汁などを娘さんがペースト状にして持参し、それにゲル化剤を加えたものをAさんは少量ながら食べました。

 

そして嚥下力がさらに低下し、それらが飲み込めなくなると、娘さんは有名な料理家である辰巳芳子さんの「いのちのスープ」を作ってくるようになりました。それをゼラチンでゼリー化すると、Aさんはいとも簡単に食べたそうです。娘さんは本物のすごさを思い知ったと話されていました。

 

このようなエピソードを残しながらも、Aさんの身体の衰えはしだいに進んでいきました。しかし、Aさんの「食」への思いは衰えを知らなかったようです。

 

驚いたことに、Aさんは無呼吸が出現しながらも、家族に励まされ、温かい「いのちのスープ」をごっくんと飲み込まれたそうです。それは旅立たれる三〇分ほど前であったと家族が教えてくれました。末期の水ならぬ末期のスープです。

 

Aさんが亡くなられてしばらくの後、家族がご挨拶にみえました。娘さんが、「最期まで食べるという行為は、単に栄養を摂るというだけの行為ではないことがよくわかりました」と話してくれました。

 

しかしそのとき私は、望むべくもないのですが、Aさん本人から直接「食」へのコメントを聞きたいと強く思いました。

 

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本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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鬼木 一直

幻冬舎メディアコンサルティング

親の小さな心がけで、子どもの未来は大きく変わる!前に踏み出す力、考え抜く力、チームで働く力が身に付き子どもの可能性を最高に伸ばす家庭教育メソッド。すぐに役立つ、子どもがすくすく育つ、企業のマネジメントと教育現場…

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