Appleのスティーブ・ジョブズが、文字のアートであるカリグラフィーをプロダクトに活かしていたことは有名だ。マーク・ザッカーバーグがCEOをつとめるFacebook本社オフィスはウォールアートで埋め尽くされている。こうしたシリコンバレーのイノベーターたちがアートをたしなんでいたことから、アートとビジネスの関係性はますます注目されているが、実際、アートとビジネスは、深いところで響き合っているという。ビジネスマンは現代アートとどう向き合っていけばいいのかを明らかにする。本連載は練馬区美術館の館長・秋元雄史著『アート思考』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

ブランド力を活かしたプロデュースビジネス

こういった一大観光産業、文化産業をつくり出すイタリア人のビジネスセンスは、日本人も見習う必要があるでしょう。ローマ時代にまで遡ることができる文化資産を持ち、イタリアルネッサンス期には、ローマ、フィレンツェ、ヴェニスなどが栄え、そこで花開いた文化は、いまだにヨーロッパ人の憧れです。

 

ビエンナーレの会場で見せているものは、新しい現代アートですが、ヴェニスの街は、古く、中世の町並みや建物や調度品が至るところに残っています。貴族の館がレセプション会場や展示会場に使われていて、食べ物が美味しい。ヴェニスにいると歴史の中に身を置いているかのようです。このように街が魅力的で、食事が美味しく、歴史を感じることができるのが、文化的な観光の基本なのだと思います。

 

ヴェニスのように、歴史、伝統、芸術文化といった無形の価値を街の至るところで感じることのできる都市は、一朝一夕で出来上がるものではなく、また一人の権力者によってできるものでもないのです。都市にいる多くの人々が無形の文化に気づき、大切にし、それらをうまく保存・活用する知恵を持っているからです。すぐに結果を求めるばかりではなく長い時間軸の中で、文化と街づくりとビジネスを捉えているのです。

 

そしてこの由緒ある歴史都市を土台にして現在進行形で新しい文化を紹介しているのが、ヴェネチア・ビエンナーレです。興味深いのは、この魅力的な場所を用意したのはヴェネチア・ビエンナーレの主催者ですが、これらのコンテンツをつくり出しているのは、参加している国々なのです。なんと主催者であるヴェニス側ではないのです。

 

毎回激しく競争し、話題を提供する展示などのコンテンツをつくり出しているのは、ヴェニスを目指して集まってくる世界各国のアーティスト、クリエイターたちです。主催者であるヴェニス財団は、場を提供しているだけなのです。それだけでなく、展示にかかる経費の多くは、出品者負担です。

 

このように出品者に負担を強いる国際展はヴェニス以外にはなく、考えようによっては、なかなか厳しい条件ですが、誰もこれに文句をいいません。それどころか参加国や団体は年を追うごとに増え続けていて、衰える気配はないのです。なぜ自己負担をしてでもこの時期のヴェニスで展示を行いたいのでしょうか。ヴェニスで成功すればそれだけの影響力を現代アート界で持つことになるからです。それほどヴェニスは、晴れの舞台ということです。

 

ヴェニス市は、裏方として世界から大勢来る人たちの宿泊や食事、物流を担う、まさにブランド力を活かしたプロデュースビジネスです。一プレーヤーになるよりは、その場をつくり出して仕切るほうが、ビジネス的に見ればはるかに合理的な選択でしょう。

 

残念ながら、その場所づくりやルールづくりといった、いわゆるプロデュース業は、日本人には不得手な分野です。こういったことが得意なのは、植民地時代に領土を広げ、一度は世界を制したことがある旧宗主国のような国々のように思えるのは、気のせいでしょうか。

 

 

秋元 雄史
東京藝術大学大学美術館長・教授

 

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