税務調査を録音することはできるか?
相続税の「税務調査」の実態と対処方法
委託者が「信託契約の終了」を望んだ場合の対応
1:信託の終了
信託法は、信託の終了事由の発生により信託は終了すること(信託法163条各号)、また、委託者及び受益者の合意により信託を終了させることもできると定めています(信託法164条)。
信託の存続中に委託者の気が変わり、信託契約を終了させようとする場合、委託者及び受益者の合意による信託の終了が問題になります(信託法164条)。なお、旧信託法では「信託の解除」という用語が使われていましたが、解除といっても遡及効がないため用語としては不適切と批判がありました(四宮349頁注1)。そこで、新信託法では、「信託の終了」という用語が使われることになりました。
2:委託者及び受益者の合意による信託の終了
(1)信託法164条1項
委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができます(信託法164条1項)。
信託設定者である委託者と利益享受主体である受益者とが一致して終了を了としているのであれば、信託を終了させることが相当であるという考え方に基づくものです(『条解信託法』701頁〈弘文堂、2017年、道垣内弘人編著〉)。
したがって、委託者の代理人としては、受益者との合意により信託を終了させることが考えられます。なお、委託者と受益者とが同一人である場合には、その者の意思表示のみで信託を終了させることができます(『条解信託法』702頁〈弘文堂、2017年、道垣内弘人著〉、沖野眞已執筆箇所)。
(2)「別段の定め」
委託者及び受益者の合意による信託の終了については、私的自治の尊重の観点から、信託行為に「別段の定め」をすることが認められています(信託法164条3項)。
信託条項にこの「別段の定め」を置くことにより、信託法164条1項の要件を拡充することも、信託法164条1項を排除することもできます。
したがって、設問の場合、委託者の代理人としては、受益者との合意による信託の終了の検討にあたり、信託行為における「別段の定め」の有無を確認し、「別段の定め」があれば、その条項に従って信託を終了させることになります。
3:東京地判平成30年10月23日(金融法務事情2122号85頁)
(1)裁判例の紹介
ここで、信託法164条に関する判断が示された東京地判平成30年10月23日(金融法務事情2122号85頁)を紹介します。
この事案では、委託者(兼受益者)と受託者との信託契約において、受託者と受益者の合意により信託を終了することができ、信託終了後の残余の信託財産は受託者に帰属すること等が定められていました。その信託の存続中に、委託者兼受益者が原告となり、受託者を被告として、委託者兼受益者の合意による信託の終了(信託法164条1項)等を主張しました。
これに対し、本判決は、本件信託契約の、受託者と受益者の合意により信託を終了することができる旨の定めは、信託法164条3項にいう信託行為における「別段の定め」であって、本件信託において164条1項に優先して適用される規定であると認定して、委託者兼受益者の合意による信託の終了(164条1項)の主張を排斥しました。
(2)信託条項のアレンジの重要性
結局、この事案において、気が変わった委託者は信託契約を終了させることができませんでした。
仮に、親(委託者兼受益者、原告)が、財産承継のために、民事信託ではなく遺言を利用し、自己の財産を子(受託者、被告)に相続させるとしていたならば、親(委託者兼受益者、原告)はいつでもその遺言を撤回することができました(民法1022条)。
しかし、この事案では、親(委託者兼受益者、原告)が民事信託を利用し、信託終了後の残余の信託財産は受託者(子、被告)に帰属するとともに、不本意にも、受託者である子(被告)と合意しなければ信託を終了させることができないとする信託条項を設けてしまった結果、本件信託は、事実上、撤回が制限された遺言と同様の機能を持つことになってしまいました。
このように、民事信託では、信託法164条3項の「別段の定め」の定め方次第では、思いがけず、信託を設定した委託者の利益を害する結果となる可能性があります。民事信託の設定に関与する弁護士は、その信託条項が持つ意味を十分に理解したうえで、信託条項をアレンジすることが重要になります。
伊庭 潔
下北沢法律事務所(東京弁護士会)
日弁連信託センター
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