信託契約・自己信託を活用することで、柔軟な事業承継が可能となります。企業の事業承継において「指図権者」が果たすべき義務と関係する問題点について、弁護士の伊庭潔氏が、実務的な視点からわかりやすく解説します。※本記事は、『信託法からみた民事信託の手引き』(日本加除出版)より抜粋・再編集したものです。

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事業承継における「指図権者」の義務と関連する問題点

Q:受託者が指図権者の指図に従わない場合には、どうしたらよいですか。指図権に関係する問題点について教えてください。

 

 1:指図権者の意義 

 

指図権者とは、信託財産の管理又は処分の方法について、受託者に対して指図を行う者をいいます。

 

指図権者に関する規定は信託法にはなく、信託業法に存在します。信託業法65条は、「信託財産の管理又は処分の方法について指図を行う業を営む者(次条において「指図権者」という。)は、信託の本旨に従い、受益者のため忠実に当該信託財産の管理又は処分に係る指図を行わなければならない。」と規定しています。

 

信託業法では、指図権者として、受託者である証券会社に投資判断を指図するような投資顧問業者を想定しています。また、民事信託においても、受託者に一定の指図を与えるものとして、指図権者が活用される場面があり得ます。平成20年9月1日付けの中小企業庁の「信託を活用した中小企業の事業承継円滑化に関する研究会における中間整理について」においても、指図権者を用いたスキームが提案されています。

 

 2:指図権者の忠実義務 

 

(1)忠実義務の具体化

 

信託業法の指図権者に関する規律は、民事信託においても参考になります。

 

指図権者が信託財産の管理又は処分について指図を行い、受託者である信託会社がその指図に従って信託財産の管理又は処分を行っていることになるので、実質的に指図権者が信託財産の管理又は処分を行っているといえます。そこで、指図権者にも信託会社と同様に忠実義務が課せられ、忠実義務を行為として具体化した行為準則が適用されます(『信託法講義<第2版>』311頁<弘文堂、2019年、神田秀樹・折原誠著>)。

 

(2)行為準則

 

具体的な行為準則としては、以下の行為が禁止されています。すなわち、「通常の取引の条件と異なる条件で、かつ、当該条件での取引が信託財産に損害を与えることとなる条件での取引を行うことを受託者に指図すること」(信託業法66条1号)、「信託の目的、信託財産の状況又は信託財産の管理若しくは処分の方針に照らして不必要な取引を行うことを受託者に指図すること」(同条2号)、「信託財産に関する情報を利用して自己又は当該信託財産に係る受益者以外の者の利益を図る目的をもって取引(内閣府令で定めるものを除く。)を行うことを受託者に指図すること」(同条3号)、「その他信託財産に損害を与えるおそれがある行為として内閣府令で定める行為」(同条4号)が禁止されています。

 

信託業法66条4号における行為としては、「指図を行った後で、一部の受益者に対し不当に利益を与え又は不利益を及ぼす方法で当該指図に係る信託財産を特定すること」(信託業法施行規則68条2項1号)、「他人から不当な制限又は拘束を受けて信託財産に関して指図を行うこと、又は行わないこと」(同項2号)、「特定の資産について作為的に値付けを行うことを目的として信託財産に関して指図を行うこと」(同項3号)、「その他法令に違反する行為を行うこと」(同項4号)が挙げられています。

 

 3:問題が生じる場面 

 

事業承継において指図権者を用いるスキームは、『遺言書作成・事業承継において民事信託の併用がもたらす利便性』(4:応用スキーム)で紹介したとおり、経営者が後継者に経営の全部を任せたくない場面が想定されます。例えば、経営者Xを委託者兼受益者、長男Yを受託者、甲株式会社の株式を信託財産として信託契約を締結し、経営者Xを指図権者と指定します。経営者Xは、長男Yに対し、甲株式会社の株式における議決権の行使について指図することができ、その結果、経営者Xは甲株式会社を経営することが可能になります。

 

ここで、経営者Xと長男Yの関係が良好であるあいだは問題がありませんが、経営者Xと長男Yの経営方針に食い違いが生じた場合など、例えば、長男Yが、経営者Xの指図に従って議決権を行使しなかった場合などに問題が発生します。

 

 4:指図権者の指図と受託者の責任 

 

(1)指図権者の義務

 

指図権者は、いかなる義務を誰に対して負っているのでしょうか。この点は、指図権者が誰であるかで結果が異なることが指摘されています。

 

ア 単独受益者

 

指図権者が単独受益者であるときは、自分の利益のために指図権を行使するのであり、指図権者としての義務を観念する必要はありません。

 

イ 委託者

 

受益者を兼ねていない委託者が指図権者であるときは、受益者との関係で適切な指図をすることを引き受けていると解されるので、第三者が指図権者である場合と同様に解されます。

 

ウ 第三者

 

第三者が指図権者の場合は、委託者に対して委任契約上の債務を負い、受益者に対しても受託者と同様の善管注意義務、忠実義務を負うとする見解が有力です(『信託法――現代民法 別巻』173頁〈有斐閣、2017年、道垣内弘人著〉)。

 

(2)指図権者の指図が不適当である場合

 

指図権者の指図が不適当である場合には、指図権者の指図権の行使が、受益者に対する善管注意義務違反や忠実義務違反となります。

 

また、民法上の委任契約においては、受任者に対する委任者の指示が不適当である場合には、受任者は委任者に対し指示の変更又は指示に従わないことの許諾を求めるべきと指摘されています(『信託法――現代民法 別巻』171頁〈有斐閣、2017年、道垣内弘人著〉)。そうすると、民事信託における受託者が、指図権者の指図権の行使が不適当だと考えた場合には、指図権者に対して指示の変更等を求めるべきということになります。

 

(3)指図権者の指図が適当であるが受託者がこれに従わない場合

 

指図権者の指図が適当ではあるが、受託者がこれに従わない場合、指図権者については、受益者に対する善管注意義務違反や忠実義務違反の問題は生じません。

 

他方、受託者については、信託事務を適切に行わなかったものとして、善管注意義務違反や忠実義務違反の問題が生じます。これに対処する方法としては、受益者の取消権(信託法27条)、受託者の損失塡補責任(信託法40条1項)、違法行為差止請求(信託法44条1 項)などを行使することになるでしょう。

 

なお、受託者が、指図権者の指図権に従わずに信託事務を行ったとしても、これは、信託関係当事者の内部の問題にすぎず、原則として、信託外の第三者の法律関係に影響を与えることはないと考えられます。

 

 

伊庭 潔

下北沢法律事務所(東京弁護士会)

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