中小企業の経営権や株式の承継に伴う問題は、民事信託を活用することで解決できます。本記事では、弁護士の伊庭潔氏が、民事信託について実務的な視点からわかりやすく解説します。※本記事は、『信託法からみた民事信託の手引き』(日本加除出版)より抜粋・再編集したものです。

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後継者に株式を渡したいが、経営権は留保したい場合

Q:経営者が後継者に株式を承継したいが経営権は留保したいという場合に利用される会社法を用いるスキームとはどのようなものですか。また、そのスキームには、どのようなデメリットがありますか(株式価値の上昇の場面)。

 

 1:事例 

 

検討する事例は、前項目と同様のものです。

 

【甲株式会社】

X:代表取締役(100%株主)

A:取締役(番頭)

Xの長男Y:従業員(後継者)

 

 2:株式価値の上昇が予想される場面 

 

事業承継に関し、会社の株式の価値が上昇しているため、早めに株式を後継者に承継したいという場面があります。

 

会社の経営状態が良好で、毎年、税法上の株式会社の株式の価値(株価)が上昇しているようなケースでは、将来、経営者が亡くなった場合、相続税の負担が非常に大きくなることが予想されます。この問題を回避するために、株式を後継者に早めに贈与してしまうという方法を検討することになります。

 

将来的に、株式の価値が増大することが予想される場合には、将来的な相続税の負担よりも、現時点で株式を譲渡することによる贈与税の負担のほうが小さくなるケースがあるからです。

 

 3:従来のスキーム 

 

(1)株式の譲渡における問題点

 

株式は、株主権として自益権と共益権を含み、株主総会における議決権は共益権の代表例となります。株式を譲渡した場合、議決権も新しい株主に移転します。

 

先の事例では、経営者Xが、長男Yに、株式を譲渡すると、甲株式会社の議決権も長男Yに承継させるということになります。

 

しかし、会社の経営者のなかには、自らが株式会社の経営を続けたいと考える者も少なくありません。そこで、経営者が有する株式を後継者に譲渡する一方で、経営者に経営権を留保する方法を検討します。

 

ここでは、民事信託を用いたスキームと比較するため、従来から用いられてきた会社法を用いるスキームを紹介します。

 

(2)種類株式の利用

 

ア 議決権制限種類株式(会社法108条1項3号)

 

会社法では、株式会社は種類株式を発行することができ、その株式の種類として、「株主総会において議決権を行使することができる事項」を定めることができるとされています(会社法108条1項3号)。



そして、種類株式の内容として、全ての事項について議決権を行使することができないと定めれば、その種類株式を有する株主は、株主総会において、議決権を行使することができなくなります。

 

先の事例では、経営者Xが株主総会において定款を変更して、普通株式と議決権制限種類株式の定めを設け、発行した議決権制限種類株式を長男Yに譲渡することにより目的を達成することができます。

 

イ 拒否権付株式(会社法108条1項8号)

 

会社法では、株式の種類として、「株主総会において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの」を定めることができます(会社法108条1項8号)。つまり、拒否権付種類株式を発行している株式会社では、全体の株主総会決議のほかに、拒否権付種類株式を有する株主の種類株主総会の決議が必要になるということです。



先の事例では、経営者Xが株主総会において定款を変更して、普通株式と拒否権付種類株式の定めを設け、発行した普通株式を長男Yに譲渡し、自らは拒否権付種類株式を有することにより目的を達成することができます。

 

ウ 取得条項付株式(会社法108条1項6号)又は相続人等に対する売渡請求(会社法174条以下)

 

事業承継を考える場合に、株式の分散についても対策を立てる必要があります。例えば、現経営者や後継者が株式を保有しているが、これらの者が遺言を作成していないとき、その株式は死亡した者の相続人に承継されることになります。相続人のなかに、会社の経営と無関係な者がいる場合には、会社の経営に混乱が生じる可能性があります。

 

そこで、このような事態に備えて、種類株式として、一定の事由(例えば、株主の死亡)が生じたことを条件として当該種類株式を取得することができるとの定め(会社法108条1項6号)や、相続その他の一般承継により株式を取得した者に対し、株式を売り渡すことを請求することができる旨の定款の定め(会社法174条)を設けることが考えられています。

 

 4:従来のスキームにおける問題点 

 

従来のスキームには、以下のような問題点があります。

 

(1)議決権制限種類株式

 

議決権制限種類株式については、全ての議決権を制限できるものではありません。会社法322条3項ただし書では、同条1項1号(イ 株式の種類の追加、ロ 株式の内容の変更、ハ 発行可能株式総数又は発行可能種類株式総数の増加)に規定する定款の変更を行う場合は、定款の定めによって議決権を制限することはできません。

 

(2)拒否権付種類株式

 

拒否権付種類株式については、株主総会において積極的に決議をするというより、自分にとって好ましくない決議を拒否するという消極的な意味合いをもつ株式です。したがって、すべての議案に対して拒否を続けると、会社の経営がデッドロック状態に陥る危険性があります。

 

(3)取得条項付株式又は相続人等に対する売渡請求

 

取得条項付種類株式又は相続人等に対する売渡請求によって、株式を取得するのは、経営者でなく株式会社です。つまり、株式会社が自己株式として取得することになります。この場合、株式会社は、分配可能額の範囲内でしか、株式を取得できないことになります(会社法461条2項)。

 

 

伊庭 潔

下北沢法律事務所(東京弁護士会)

日弁連信託センター

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