NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。夫の天外との20年の結婚生活に終止符を打った千栄子が潜伏先に選んだのは京都だった。彼女には休息が必要だった。人目に触れない場所で心身を休ませたかったのだろう。そのとき過去になりかけていた千栄子を必死で探す人物がいた。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

千栄子は四条河原町の住まいから撮影所に通った

この翌年になると松竹、東宝、大映、新東宝、東映の間で、各社専属の監督や俳優の引き抜きと貸し出しを禁じる「五社協定」が成立した。

 

しかし、協定によって他社の専属俳優を使うことができなくなると、制作サイドとしては、キャスティングに苦労することが多々ある。

 

それだけに、あらゆる役をこなせる変幻自在のフリーランス女優はありがたい存在だった。千栄子には多くの出演依頼があり、ラジオ・ドラマとの掛け持ちで多忙な日々が続く。

 

女優業を再開した後も、千栄子は京都に住み続けている。四条河原町の中心街にある住まいから撮影所に通っていた。

 

戦後も京都は「日本のハリウッド」だった。が、千栄子が東亜キネマに在籍した頃と比べると、そのハリウッドの位置はかなり西の方角に動いている。

 

大映の撮影所は太秦にあった。戦前は葛野郡太秦村といって、京都市中からは遠く離れた郊外である。千栄子が暮らす中心街からは、四条大宮まで行って京福電鉄に乗り換え、終点の嵐山の近くまで行かねばならない。

 

女優である千栄子が電車を利用して撮影所通いをしたのかどうかは定かではない。しかし、電車で行くにせよ、タクシーを使うにせよ、

 

「えらい遠いとこやなぁ……」

 

そう感じたことは、間違いない。

 

昭和20年代、嵐山線の駅間には田畑や竹藪の眺めが広がっていた。その眺めが、街中を遠く離れたといった印象を強くする。

 

沿線の人口は少なかったが、しかし、その割に通勤時でもない昼間も乗客は意外に多い。大半は映画製作に携わる人々で、太秦広隆寺駅に列車が着くと、みんな先を争うように降りてゆく。

 

駅前の広隆寺門前から南へ向かって歩けば、やがて畑のなかに大きなスタジオの屋根が幾棟もならぶ、大映京都撮影所が見えてくる。

 

戦時合併によって日活の映画製作部門を引き継いだ大映は、日活太秦撮影所も手に入れて、その名称を大映京都撮影所に変更した。戦後になってからは設備を拡張し続けているが、それ以上に製作本数も年々増えている。

 

年間50本以上の映画が撮られるようになった1950年代には、大勢の役者やスタッフが数本の撮影を掛け持ちして、所内を行き交う活気のある風景が見られた。

 

また、三条通から分岐して撮影所前を東西にのびる細い通りには、撮影所で働く業界人を相手にした小さな商店街ができあがり、若いスタッフたちが喫茶店で丁々発止の映画議論を交わす、学生街のような雰囲気が見られたという。

 

大映太秦撮影所から100メートルほど西側に行くと松竹の撮影所もあった。こちらは昭和10年(1935)に牧野省三の息子・マキノ正博が所長となって設立したマキノ・トーキー製作所がその発祥。それを松竹が買収して、戦前から第二撮影所として使用していた。

 

松竹は市内中心部に近い下加茂にも第一撮影所を所有していた。関東大震災後に松竹下加茂撮影所としてオープンし、昭和初期には多数の人気時代劇がここで撮影された。が、こちらは昭和25年(1950)に火災で焼失してしまう。以後、太秦は京都で松竹が所有する唯一の撮影所となった。この頃になるとステージなどの設備も増設され、大映太秦撮影所をしのぐ規模に拡張されている。

 

また、京福電車の線路の北側には、すでに大正時代から阪東妻三郎プロダクションが所有する映画撮影所があった。阪妻プロ倒産後は持主がめまぐるしく変遷し、昭和26年(1951)からは東映京都撮影所となっている。

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