身寄りのない高齢者にとって自分の財産整理は重要な問題です。本記事では、岡野雄志税理士事務所所長の岡野雄志氏が、身寄りのない高齢者の終活について事例を交えて解説します。

消える「おひとりさまの財産」総額600億円!?

以前、「財産はほとんど国に寄付しようと思っている」という、国民的な人気芸人による発言が話題になっていました。独身を謳歌し、若いころから仕事に、財産形成に邁進してきた同世代の方々にとっては、他人事とは思えない発言だったのではないでしょうか。

 

産経新聞による最高裁判所への取材では、国庫に寄付された、いわゆる「相続人不在の遺産」額は2020年度で603億円。わずか4年のうちに約1.4倍へと急増しています。また、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所によると、「高齢者の未婚率」は2015年時点で65歳以上男性5.9%だったのが2040年には14.9%に、65歳以上女性で4.5%が9.9%に上ると推計されています。

 

(写真はイメージです/PIXTA)
(写真はイメージです/PIXTA)

 

つまり、「相続人不在の遺産」はこれからますます増える傾向にあるといえます。65歳以上高齢者の10人に1~1.5人が、「おひとりさまの相続」を自分事として向き合う時代が来るかもしれないのです。

 

当税理士事務所にご相談に見えたIさんも、件(くだん)の芸人の発言をきっかけに、将来の相続について考え始めたお一人でした。Iさんは個人事業主として財を成し、現在、配偶者もお子さんもいません。ご両親はすでに他界し、兄弟姉妹もいません。紛うことなき「おひとりさま」です。

 

「おひとりさまの遺産」は、相続人がいなければ、すべて国庫に帰属します。国の財産となるわけです。亡くなったあとの全財産を国に寄付したいと思っているのであれば、放っておいても国に渡るということになります。

 

しかし、Iさんは違いました。これまで個人事業主として国にさんざん税金を払ってきたので、もうこれ以上はいいだろうと冗談交じりにおっしゃいます。生きている間は、今後、介護が必要になる場合もあるので、財産は手元に取っておきたい。相続が発生したら、これはと思う協会や団体に「遺贈寄付(レガシーギフト)」したいというのです。

 

それには、遺言証書が必要です。相続人がなく、遺言書もない場合、「おひとりさまの遺産」は国に帰属します。遺言証書には、「自筆遺言証書」「公正証書遺言」「秘密遺言証書」の3種類がありますが、Iさんには「公正証書遺言」の作成をおすすめしました。

 

「公正証書遺言」は2名の証人立ち会いのもと、公証人役場で作成・保管されます。「自筆遺言証書」や「秘密遺言証書」のように相続発生後に家庭裁判所の検認も必要なく、おひとりさまのIさんにとっては最も確実な遺言証書といえるでしょう。

 

さらに、Iさんには、遺言証書を作る前に「財産目録」を作成しておくこともおすすめしました。「公正証書遺言」には、「財産目録」の添付が定められてはいませんが、ご自身の全財産を把握しておくのに必要です。

 

また、「財産目録」があれば、「公正証書遺言」には「財産目録記載の○の財産は〇協会へ、×の財産は×財団へ遺贈寄付する」などと記載すればOKです。今後、財産額が変わっても、「財産目録」を修正すれば、「公正証書遺言」は修正しなくて済みます。

 

そして、念には念を入れ、相続人調査もしておくことをおすすめしました。万が一、親族のなかに相続権のある人がいれば、いくらIさんが財産の全額を遺贈寄付したいと思っても、遺留分を主張されれば、遺言証書の内容は覆される可能性があるからです。

 

このとき、Iさんの表情がふっと曇りました。

 

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