不正アクセスや煽り運転など、現在の日本では誰もが被害者になる可能性があります。そんな身近に潜む犯罪から身を守り、万一のときのために知っておきたい情報を、警察OBが伝授します。

 

犯罪の成立には「3つの要件」を満たす必要がある

警察はどのような条件が整っていれば捜査を開始することができるのか解説していきましょう。

 

まず、警察が捜査を開始できるのはあくまでも「犯罪」行為が行われた場合です。一般の人は、人をだましてお金をせしめたり、殴って傷つけたりすれば、それだけで「犯罪」になると思っているかもしれません。

 

人を殴っても「犯罪」になるとはかぎらない? (画像はイメージです/PIXTA)
人を殴っても「犯罪」になるとはかぎらない?
(画像はイメージです/PIXTA)

 

しかし、人からお金をだましとったり、殴って傷を負わせたとしても、必ず「犯罪」になるとは限りません。

 

近代国家では、どのような場合に「犯罪」となるのかは、あらかじめ法律によって定めなければならないことになっています。これを「罪刑法定主義」と言います。

 

この原則に基づいて、犯罪が成立するためには、①構成要件に該当すること、②違法性が認められること、③責任が認められることが求められているのです。したがって、たとえば、人を殴って傷を負わせたとしても、この三つの要件を満たさなければ犯罪とはならないのです。

 

では、この①から③の中身について詳しく確認していきましょう。

 

[図表1]犯罪が成立するために必要なこと

「規定した条文にあてはまる事実」があるか?

まず①構成要件とは、法律によって守られている利益(法益)を、具体的には生命や身体、財産、名誉などを侵害する行為もしくは侵害する恐れのある行為を刑罰法規の中で類型化して示したものであり、刑法をはじめとした刑罰法規の各条文の中で示されています。

 

たとえば、傷害罪であれば、刑法204条で「人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」と規定されています。つまり、傷害罪の構成要件は「人の身体を傷害する」ことになるわけです。

 

また、窃盗罪であれば、刑法235条で「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」と定められています。そこで、窃盗罪の構成要件は「他人の財物を窃取する」ことになります。

 

こうした傷害罪、窃盗罪について規定した条文にあてはまる事実があれば、すなわち、人を殴って傷つけたという事実やあるいは他人の財布を盗んだという事実があれば、それぞれ傷害罪、窃盗罪の構成要件に該当するとみなされることになるわけです。

 

主な犯罪の構成要件を示した刑法の条文

(刑法95条 公務執行妨害罪)

1 公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

2 公務員に、ある処分をさせ、若しくはさせないため、又はその職を辞させるために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。

(刑法174条 公然わいせつ罪)

公然とわいせつな行為をした者は、六月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

(刑法185条 賭博罪)

賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。

(刑法209条 過失傷害罪)

過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。

(刑法217条 遺棄罪)

老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の懲役に処する。

(刑法222条 脅迫罪)

1 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

(刑法236条 強盗罪)

1 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。

2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

「正当行為・正当防衛・緊急避難」は、違法性なし

次に、②違法性が認められることとは、法の見地から見てその行為が許されないと評価されることを意味します。

 

逆に言えば、法的に見て「その行為が許される」と評価される場合には、違法性がないということになります。つまりは、犯罪にはならないわけです。このような違法性がないと評価される事情を「違法性阻却事由」と言います。

 

違法性がない場合としては、(1)正当行為、(2)正当防衛、(3)緊急避難が挙げられます。

 

まず、(1)正当行為に関しては、刑法35条で「法令行為」と「正当な業務行為」が定められています。

 

法令行為とは、法律・命令などの成文の法規に基づいて権利または義務として行われる行為です。具体例としては、刑事訴訟法475条による死刑の執行が挙げられます。死刑の執行は人の命を奪う行為であり、殺人罪の構成要件に該当する行為であることは明らかですが、法律に基づいて行われているために「違法性がない=殺人罪にはならない」と評価されることになるわけです。

 

一方、正当な業務行為とは、正当に行われている業務を指します。なお、刑法でいう業務とは「社会生活上の事務として反復・継続される事務(仕事)」を意味するので、職業として行われる仕事はもちろんスポーツも含まれます。具体例としては、医師が手術の際にメスなどで患者を傷つける行為、ボクシングの試合で、対戦相手を殴って傷つけたようなケースです。いずれの行為も傷害罪の構成要件に該当していますが、正当な業務行為として行われているので違法性はないと評価されることになります。

 

また(2)正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を守るため、やむを得ずにした行為のことです。

 

急迫不正の侵害とは生命や身体、財産、名誉などの法益が侵害される危険が間近に、しかも違法な形で存在している状況を指します。たとえば、道を歩いていたら強盗にいきなりナイフで襲われたような場合です。このような場合に、刺されまいと相手を殴ってケガをさせたとしても、正当防衛が認められて違法性がないと評価されることになるわけです(なお、必要以上のケガを負わせた場合には、〝過剰防衛(=犯罪)〟となり処罰される可能性があります)。

 

また、(3)緊急避難とは、自己または他人の生命、身体、自由または財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為のうち、これによって生じた害が、避けようとした害を超えなかった場合を言います。「現在の危難」とは、生命や身体、財産、名誉などの法益が侵害される危険が間近に迫っていることを意味します。

 

 
[図表3]正当防衛・緊急避難

 

たとえば、目の前を歩いていた人の頭上にビルから物が落ちてきたときに、「危ない!」とその人を突き飛ばして、はずみでケガをさせたとしても、緊急避難が成立し違法と評価されないことになります。

もし3歳児がミニカーを持ち去ったとしても…

最後の③責任とは、違法な行為を行った者を非難することが可能な状態にあることです。たとえば、3歳の幼児がおもちゃ屋から黙ってミニカーを持ち去ったとしても、「泥棒だ! この悪党を刑務所に入れろ」などと非難するような人はいないでしょう。

 

このように、行為を行った者に是非善悪を判断する主観的な能力がない場合や、行為を行ったときの心理状態などに鑑みて、その者の行為を非難できないと言える場合には、「責任」がないとして犯罪の成立が認められないことになるのです。

 

責任が認められない場合としては、(1)期待可能性がない場合と、(2)責任能力がない場合が挙げられます。

 

(1)期待可能性がない場合とは、行為者に違法な行為ではなく適法な行為を期待することが不可能と言えるような状況です。

 

たとえば、実弾の入った銃を頭に突きつけられた状態で、「インターネットの掲示板にアイドル歌手Aの名誉を毀損することを書け」と命じられてそれを行ったような場合、名誉毀損罪は成立しないと考えることができます。

 

この例のように、言われた通りにしなければすぐにも命を奪われるような危険性のある状況なら誰であっても、命令に逆らって「他人の名誉を毀損するようなことを書かない」という適法な行為を期待することはできないと言えるからです。

 

また、(2)責任能力がない場合については、刑法で①心神喪失者、②刑事未成年者、③心神耗弱者の三つが類型化して規定されています。

 

①心神喪失者とは、精神の障害により、自己の行為が正しいのか悪いのかを判断することができなくなっているか、またはその判断にしたがって行動をコントロールできなくなっている者です。具体例としては、強度の統合失調症患者などが挙げられます。

 

また、②刑事未成年者とは、14歳未満の者です。14歳にならない者は、肉体的・精神的に未発達であり、刑事上の責任を問うのは適当ではないと考えられているためです。

 

最後の③心神耗弱者とは、精神の障害により、自己の行為が正しいのか悪いのかを判断する力が通常の人よりも劣った状態になっているか、またはその判断にしたがって行動をコントロールする能力が通常の人よりも劣った状態にある者のことです。

 

心神喪失者と刑事未成年者については責任能力が全く認められず、「責任がない=犯罪が成立しない」ことになります。

 

注:1 警視庁の統計による。   2 「精神障害者等」は、「精神障害者」(統合失調症、精神作用物質による急性中毒若しくはその依存症、知的障害、精神病質又はその他の精神疾患を有する者をいい、精神保健指定医の診断により医療及び保護の対象となる者に限る。)及び「精神障害の疑いのある者」(精神保健福祉法23条の規定による都道府県知事への通報の対象となる者のうち、精神障害者以外の者)をいう。 出所:「平成30年版 犯罪白書」より
平成29年度の精神障害者等による刑法犯 検挙人員(罪名別) (注)
1 警視庁の統計による。
2 「精神障害者等」は、「精神障害者」(統合失調症、精神作用物質による急性中毒若しくはその依存症、知的障害、精神病質又はその他の精神疾患を有する者をいい、精神保健指定医の診断により医療及び保護の対象となる者に限る。)及び「精神障害の疑いのある者」(精神保健福祉法23条の規定による都道府県知事への通報の対象となる者のうち、精神障害者以外の者)をいう。
出所:「平成30年版 犯罪白書」より

 

注:1 検察統計年報による。   2  過失運転致死傷等及び道交違反を除く。   3「嫌疑不十分」は、嫌疑なしを含む。   4「告訴の取消し等」は、親告罪の告訴・告発・請求の欠如・無効・取消しである。   5「その他」は、時効完成、被疑者死亡等である。   6( )内は、構成比である。 出所:「平成30年版 犯罪白書」より
平成29年度の不起訴人員(理由別) (注)
1 検察統計年報による。
2 過失運転致死傷等及び道交違反を除く。
3「嫌疑不十分」は、嫌疑なしを含む。
4「告訴の取消し等」は、親告罪の告訴・告発・請求の欠如・無効・取消しである。
5「その他」は、時効完成、被疑者死亡等である。
6( )内は、構成比である。
出所:「平成30年版 犯罪白書」より

 

他方、心神耗弱者については責任が全くないとは言えないので、犯罪の成立は一応認められます。しかし、通常の人と比べれば責任能力が低いといえることから、減刑された刑が科されることになります。たとえば、通常の人が死刑を科されるような場合には、減刑され無期懲役以下の刑を宣告されることになるわけです。

 

 

佐々木 保博

株式会社SPI 会長

 

 

 

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