デジタル空間はよりよくする試行錯誤ができる
未来をモデル化し、複数の方式を試行する
デジタルの特徴として挙げられるのは、デジタル空間が現実の空間とはまったく異なるということです。デジタル空間には、数多くの異なる可能性を共存させる方法があります。そうした観点から見れば、「次世代の可能性を勝者が決める」ということにはなりにくいと言えます。
たとえば、現実の世界では一つの空間に二つの異なる建物を配置することは難しいでしょう。どこの国でも同じようなものだと思いますが、台湾の国土計画では現実的かつ全体的な視点から、どこに何を建設するか、どの場所には何が必要かを考えます。
自分の好きなことだけを行って、それで済むのであればいいのですが、現実の社会は多くの人間がまるでハチの巣をつついたような中で生きています。そんな状況では、「自分の好きなことを行う」ということが全体に悪影響を及ぼすこともあり得ます。
世界の姿をそういう前提で見るとすると、デジタルには二つのメリットがあります。
一つは、企画段階で未来がどうなっているかをモデル化できるということです。「こうしたい」ということがあれば、「それをすると実際にどうなるか」がシミュレートできるわけです。その結果を見つつ、「それではここのやり方を修正しよう」ということも可能になります。これはデジタル化が有益であることをよく表しています。
二つ目のメリットは、デジタルのイノベーションと同等に重要なのですが、デジタル化の段階は、「現実世界のロジックによって行われた結果よりも良くなる」ということです。ある結果が期待どおりでなかった場合、デジタルの方式であれば「ロジックを変えてみよう」「違うシステムでやってみよう」というように、違った方法を新たに選択することが可能です。それで再試行すれば、もしかするとより良い結果が出るかもしれないわけです。
「他にもまだいろいろな方法がある。試してみたい」という声が上がってきた場合、それをリアルな空間で実行するには、いろいろなハードルが出てきます。しかし、デジタル空間であれば、比較的簡単に試してみることができます。そういう点で、デジタル化やデジタル・イノベーションにはメリットがあると思うのです。
デジタル化とデジタル・イノベーションは、この社会にすでに存在している処理の方式や組織の価値観を増加させたり強めたりするものです。だからこそ、先ほどから言っている「持続可能な発展」「イノベーション」「インクルージョン」といった価値観を先に植えつけることが大切なのです。なぜなら、これらの価値観が不安定であれば、デジタル・イノベーションがおかしな方向へ進んでしまうことになりかねないからです。
たとえば、自由かつ民主主義を信奉している人にとって、全体主義はマイナスなものだと思えるでしょう。反対に、独裁主義を信仰している人からすれば、言論の自由はマイナスに見えるでしょう。ある物事がプラスなのかマイナスなのかは、誰に聞くかによって変わってくるのです。
全体主義のもとでデジタル化してイノベーションを起こし、顔認証で一度に何千万人もの人間のデータを確保することも可能ですが、その目的は民主主義が求めているものとはまったく違うものになるでしょう。ですから、「デジタル化」や「デジタル・イノベーション」というくくりで、民主主義と全体主義を一律に論ずることはできないのです。
私たちはその点を見誤らないようにするためにも、最初に「持続可能な発展」「イノベーション」「インクルージョン」という三つの旗を掲げて、向かうべき方向についての共通認識を持つ必要があるのです。