認知症患者にとって、勝手がわからない「初めての場所」は大変なストレスになります。引っ越しなどが引き金となって症状が進んでしまうのは、それが理由の一つだとも考えられます。在宅医である筆者が、自身の両親の介護や看取りの経験を交えながら、自宅で介護をする家族が抱える問題や悩みを、どのように解決したのかを紹介します。

認知症の人は最も苦手とするのは「初めての場所」

父の認知症は、すぐ生活に支障が出るというほどではありませんでした。身体のほうは元気で、歩き回ったりすることは十分に可能だったのです。

 

ときどき、出かけると、なかなか帰ってこないこともありましたが、例えば徘徊によって私たちが近所を捜し回ったりするというほどのことはありません。

 

本人もその点は気をつけているようで、歩き慣れていない場所は訪れないようにしていたようです。

 

ただ、帰宅するまで時間がかかった日もたまにはあり、そんなときは道に迷ったり、方向が分からなくなっていたといいます。友人と待ち合わせした場所に行けなかったり、お店に財布を置き忘れてしまって、探して帰りが遅くなったこともありました。

 

一緒に買い物に行ったときのことです。デパートで父がトイレに行き、個室に入りました。カギを閉めて用を足したのでしょう。終えてから、ドアを開けて出ようとしたところ、自分で閉めたドアのカギの開け方が分からなくなったことでパニックになり、係員を呼んだことがありました。

 

認知症の人は初めての場所が最も苦手なのです。

 

よくお年寄りの方が転居をした途端に認知症がひどくなったという話を聞きますが、このことが原因なのでしょう。

 

ほかにも、レクリエーションをさせようと、一般の人たちが通う文化サロンに連れていったことがありました。デイサービスのようなところは「高齢者ばかりの施設じゃ嫌だ」と頑なに断ったためです。

 

もちろん、文化サロンも知らない人ばかりが集まっています。不安がないわけではありませんでしたが、それでもなんとか通い始めたのです。

 

ところが、やはり初めての場所にかなり緊張し、そこでもトイレに行ったのですが、スリッパで入るところを靴下のまま入ってしまい、そのあとに廊下などをウロウロしてしまいました。職員に見つけられてことなきを得たのですが、パニックになった父は、これまでのこともあり、よほど気持ちに堪えたのか「もう、こんなとこはやめる」と決めてしまったのです。

 

身体は元気なのですが、初めての環境に入るとわけが分からなくなることがある。それでパニックを起こしてしまう。こればかりは、どうしようもありませんでした。

 

逆にいえば、外出のときだけ気をつけていればよくて、家のなかで生活する限りはほとんど困ることはなかったので、家族としては楽だったといえます。

 

この時期、私が両親を介護するというよりは、父と母が互いに互いを介護している状態でした。まさに老老介護の典型例です。どちらかというと父のほうが元気で、動きが鈍ってきた母を手助けする日々を送っていました。

 

3年ほどは、そうした比較的平穏な日々が続いていましたが、2012年ごろから変化が見られます。

 

(画像はイメージです/PIXTA)
(画像はイメージです/PIXTA)

 

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48歳、独身・医師 在宅介護で親を看取る

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佐野 徹明

幻冬舎メディアコンサルティング

開業医である父が突然倒れた。父の診療所を継ぎ、町の在宅医としてそして家では介護者として終末期の両親と向き合った7年間。一人で両親を介護し看取った医師による記録。

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