「色覚異常」とは、色を認識する力が弱い症状のこと。とはいえ「色の判別が苦手」という軽度の人がほとんどで、自覚しないまま生活を送っている場合も珍しくありません。ところが日常生活で特に困ることがなくても、思わぬ場面で圧倒的不利に直面することがあります。その筆頭が「就職」。色の判別がそれほど必要なくても、転職を余儀なくされるほど困難な職もあるのです。本人も周囲の人も気づきにくい、色覚異常の現実を解説します。

現在「色覚異常」による入学制限・採用制限はないが…

以前、先天色覚異常の人の入学制限や採用制限を掲げるところは多くありました。進学でいえば以前は、工業に関する学科(電気科、情報技術科など)、水産に関する学科(漁業科、機関科)、そのほか看護科、美術科、デザイン科などがありました。

 

しかし、実際には本人の工夫によって多くのことができるためすべて不可能ではなく、将来の夢を諦める必要はないという声から、1993年には当時の文部省により進学時調書から色覚の項目が削除され、入学を制限する学校は今ではほとんどありません。同様に、色覚による採用基準を設けている職種もかなり減っています。

 

しかし、実際には就職後に色誤認を克服できず、転職を余儀なくされる人もいます。もちろん、世の中の差別は撤廃していかなければなりません。色の区別が難しくても、注意したり工夫したりすることで問題なく過ごせます。

 

ですが、日常生活では気づかない程度の色の誤認が、職種によっては障壁となることがあるのです。

「採用制限がない=望みどおり働ける職種」ではない

たとえば私の患者さんで、軽度の色覚異常の方がいました。検査でも見逃されるほどの軽度のため、日常生活でも支障はありません。鉄道会社に就職した彼は、運転の部署に異動し、鉄道運転士になりました。その時、はじめて一灯式信号の識別ができないことに気づいたのです。多くの人の命を預る仕事のため悩んだ彼は、運転士をやめて他の部署へ配置転換を申し出ました。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

ほかにも、強度の色覚異常を自覚し、色の識別をあまり必要としない測量士になった患者さんもいました。しかし、独立してはじめて、他人が打った測量の目印が容易に見つけられないことに気づいたそうです。グレーのアスファルトの上に赤い印を見つけるのは、上司の指示があれば可能ですが自力では困難でした。この患者さんは独立して測量の仕事ができないことがわかると、測量の仕事を辞めてしまいました。

 

このように、どんなに日常生活では困ったことがなくても、すべての職業で望みどおり働けるわけではないのです。

 

だからこそ、自分の症状をよく理解し、その職種が、本当に自分に合っているかどうか、就職後も不自由や困難を乗り越えることができるのかをしっかり見極めることが大切なのです。先天色覚異常の人にとって不可能な職種は限られますが、小さな失敗や困難は生じる可能性があります。

 

特に見分けにくいものとしては、ON/OFFのランプです。これはほとんどが赤、黄、緑で表示され、私たちの周りにあふれています。オフィス機器の電源の切り忘れなどは気を付けたいもののひとつです。また、ペンの色、付箋の色、パソコンの色表示なども暗い場所であったり小さなものの場合は見分けにくいことがあります。

 

色覚に対して公的な制限がある職種は徐々に減ってきています。しかし、職種によっては時として仕事上不利になることを知っておく必要があるでしょう。
[図表1]色覚異常の場合不利になる職種 色覚に対して公的な制限がある職種は徐々に減ってきています。しかし、職種によっては時として仕事上不利になることを知っておく必要があるでしょう。

 

いずれにしても色覚異常はその人の個性として、自覚することが大切です。たとえば音痴な人は、自分では音痴だとなかなか気づきませんが、他人から指摘されて、はじめて気づきます。歌手になりたいと思っていても、音痴だということを自覚できれば、別の道を進むことも考えられるでしょう。

真に必要なのは、色覚異常を「個性」と言える社会

また、体質的にお酒を飲めない人がそれに気づかず、一気飲みなどをしてしまえば、命を脅かしかねません。自分が飲めないことを自覚し、自分自身だけでなくまわりにも理解してもらうはずです。色覚異常も音痴やお酒が飲めないのと同じように持って生まれた資質だと受け入れ、向き合うことが大切です。

 

社会の中でも職業の制限などはなくしていくべきですが、色の判別が重要な職業において「不利」であることには違いありません。「不利」であることを自覚せずに、その職についてしまった場合、音痴の人にうまく歌うように強制するのと同じように、無理な判断を強いられることになります。それが後々悲劇を生むことがあるのです。

 

だからこそ、本人も社会も色覚異常をひとつの個性として受け入れ、誰もが「色が不得意だ」と声を上げられる社会にしていくべきなのです。

 

 

市川 一夫

日本眼科学会認定専門医・認定指導医、医学博士

※本連載は市川一夫氏の著書『知られざる色覚異常の真実』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

知られざる色覚異常の真実 改訂版

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市川 一夫

幻冬舎メディアコンサルティング

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