前回は、地や建物を同じ価値の資産と交換する「等価交換方式」のメリットとデメリットについて説明しました。今回は、生前に2500万円までの大型贈与ができる「相続時精算課税」を活用して、ビルオーナーが賢く相続対策をする方法について見ていきます。

将来を予測して大型贈与を行う「相続時精算課税」

贈与税には普通の贈与に適用される「暦年課税」と、選択により大型贈与ができる「相続時精算課税」の2種類があります。

 

相続時精算課税を選択する場合には、必ず期限内に届出と申告をすることが必要です。相続時精算課税を使うことで、生前に2500万円までの大型贈与を実行できますが、相続発生時には相続税の計算上、贈与時の時価相当額で相続財産に加算する必要があります。また、2500万円を超えて贈与を実行したときには、超えた部分に対し20%の贈与税が課税されますが、その贈与税は、贈与者の相続発生時に納めることになる相続税の前払金として充当される仕組みとなっています。

 

このような特異な仕組みを持つ相続時精算課税ですが、節税の観点からこの制度を選択する上でのポイントは次の2点です。

 

相続税の課税対象になるのか、ならないのか

将来の相続時における相続財産額が基礎控除の範囲内ですむと見込まれる人(相続税が発生しない人)は、特別控除額2500万円の範囲内であれば積極的に活用してもよい人となります。逆に相続税の対象者と見込まれる人は、この制度の選択にあたり検討が必要です。やみくもに贈与を実行して将来思わぬ相続税負担が発生する場合もありますので、まずは税理士などに相談してみることをおすすめします。

 

相続税がかかる人はどの財産を贈与するのか?

それでは相続税の対象者と見込まれる人は、暦年課税と相続時精算課税の選択の判断はどのようにすべきなのでしょうか。相続時精算課税で贈与された財産は、贈与時の評価額をもって相続時点でも評価されることになります。

 

つまり、将来値上がりすると見込んで相続時精算課税を使って贈与を実行したものの、値下がりしていたら相続時点の評価額により計算した相続税よりも高い相続税の負担をしなければなりません。ただし、逆に値上がりしていれば低い税負担ですみ、節税効果があったことになります。

 

このように、相続時精算課税は将来を予測して大型贈与を行うことになるため、むやみに実行することはリスクが大きすぎます。

賢く節税するには収益物件の建物だけを贈与する

ビルオーナーが相続時精算課税を利用して賢く節税するためには、どのようなことを考慮してこの制度を使うべきでしょうか。

 

ビルオーナーが相続時精算課税を利用する場合、効果的な方法が「収益物件(建物のみ)」の贈与です。賃貸アパート1棟、賃貸マンション1棟といった収益物件の建物だけを丸ごと贈与してしまう方法です。子どもに贈与することで、次のようなメリットがあります。

 

賃貸物件は時価よりも低い評価額で贈与できる

不動産の贈与を実行する場合、実務上は、相続税の財産評価方法と同じく、財産評価基本通達により評価した価額をもって評価することになります。具体的には、建物の相続税評価は固定資産税で評価されますが、その評価額はおおよそ建築費用、または、帳簿価額の50〜60%程度です。

 

さらに、賃貸物件となれば借家権が適用されて、さらに30%が控除されます。このように低い評価額で贈与をできる一方、贈与を受けた人の不動産所得(所得税)における減価償却費の計算では、建築費用または帳簿価額相当額を引き継げるため、十分な減価償却費を計上することができ大きなメリットとなります

 

賃貸収入で納税資金の確保ができる

収益物件を子どもに譲渡してしまえば、収益物件から上がってくる賃貸収入は、贈与を受けた子どもの所得となります。子どものほうで資金をプールすることにより、将来やってくる相続税の納税額分を蓄えることができます。改正により、親の年齢が60歳から相続時精算課税を利用できることになりました。実行は早ければ早いほど効果的です。相続税の支払いが、億単位になってしまうことが確実な人は、早めに収益物件を贈与して相続税額分の貯蓄を進める必要があります。

 

所得税の節税対策としての所得分散効果

節税の基本の一つに「所得分散」というものがあります。賃貸不動産などを贈与するときは、親を中心に家族を一つの単位として捉える傾向があります。親の所得が高く、子どもの所得は低いようなケースでは、所得を分散することで、親の所得を少しでも減らして所得税率を下げてしまおうというわけです。所得税は、累進課税で多ければ多いほど高い税率になってしまいますが、家族で所得分散ができれば毎年納税していくものであるわけですから、長期的視点に立った節税策が可能となります。

相続税を軽減する「小規模宅地等の特例」が使えない

ここまでメリットばかりを紹介してきましたが、デメリットもあるので解説していきましょう。

 

敷金等の債務がある場合は要注意

賃貸ビルオーナーは借主から預かった敷金なども受贈者に引き継ぐことになりますが、資産とともに敷金等の負債を引き継がせると負担付き贈与となり、財産評価基本通達による評価ではなく通常の取引価格から敷金等を差し引いた価格で評価することとなるとの通達が国税庁から出されています。したがって財産評価通達の評価により贈与するためには、敷金等に相当する現金を賃貸不動産と同時に受贈者に贈与することになります。

 

贈与者の死亡時の小規模宅地等の特例

相続時精算課税を利用して収益不動産の贈与を実行した場合には、親の相続時に小規模宅地等の特例は使えなくなることに注意しておかなければなりません。そのまま親が持ち続け、小規模宅地等の特例を適用するほうがメリットがあるのか、または、相続時精算課税を利用して、相続財産としてたまっていく家賃収入を子どもや孫に所得を移転したほうがいいのかなど、どちらが節税メリットが大きくなるのか、しっかりシミュレーションすることが重要です。

 

収益物件の贈与というと、何となく子どもに過大な所得を渡したくない、という意識が働きがちですが、高収益を上げる物件に関しては、建物自体を贈与することで、長期的視点に立った相続税対策を実現できます。いずれにしても、贈与税と相続税、所得税などを総合的に比較しながら、賢い相続税対策を実行していくことが重要です。

本連載は、2013年7月29日刊行の書籍『ビルオーナーの相続対策』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ビルオーナーの相続対策

ビルオーナーの相続対策

川合 宏一

幻冬舎メディアコンサルティング

ビルを所有しているような資産家であれば、顧問税理士をつけて節税も抜かりなくやっていて不思議はなさそうなものですが、実はほとんど有効な手だてを講じていない人が多いのが現実です。 そのため、そのような人は相続税で数…

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