この決断がその後の大きなチャンスを生む
道頓堀にもカフェーが多くあり、世間知らずの彼女も、その仕事の内容については、なんとなく分かっていた。
女性の貞操観念が強かった当時、一般女性が盛り場の仕事をするのは、現代女性がキャバクラでバイトするよりも、思い切るにはハードルが高い。
ましてや、これまで恋愛経験がなく、化粧もろくにしたことがなかったキクノである。色気のない人生を歩んできただけに、男性相手の接客などまったく自信がない。
女中の仕事などいくらでもあるのだろうに、たまたま今日は求人がなかった。が、彼女には明日の求人を待つ金銭的余裕がない。なんと自分は運がないのだろう。自らの意思で行動することに決めたその最初から、
「あかん、ツキがないなぁ」
と、嘆いた。しかし、幸運と不幸の分かれ道は、時間を経てから分かるものだ。
希望する女中の仕事にありつけず、仕方なく始めた女給の仕事である。だがその決断が、この後に大きなチャンスと出会わせてくれることになるのだから。
貧困家庭に生まれて学歴のない者が、人並み以上の収入や地位を得ることは、まず不可能だった。努力だけではどうしようもない。運が必要だ。それも奇跡といわれるくらいの大きな運が……。列車が進む方向には、それが転がっていた。
琵琶湖疏水の流れに沿って、列車は一路、南に向かって走る。伏見稲荷を過ぎ、陸軍の教練場が見えてくると、間もなく「師団前」という名の駅に着いた。紹介されたカフェーは、この駅前にあるという。
駅舎を出ると、疎水の運河があった。そこに架かる橋を渡って対岸に進むと、細い路地に商店が軒をつらねる一角がある。周辺に日露戦争中に編制された第16師団本部や兵舎、兵器庫、軍病院など軍事施設が集まっていることから、小さな商店街は軍服姿であふれていた。軍人相手のカフェーや飲み屋も多い。
キクノが働くことになった「カフェー・オリエンタル」は駅から最も近く、色鮮やかなモルタルの建物がよく目立っていた。この界隈では最も繁盛している店だという。
道頓堀の仕出し料理店で働いている頃、カフェーの外観はよく目にしていた。
しかし、なかに入るのはこれがはじめて。赤色のガラスをはめ込んだドアが、何やら怪しげな雰囲気を醸し、20歳になったばかりの娘は臆してしまう。
が、このドアを開けなければ、他に行き場所がない。野宿は避けたかった。
切迫した状況が、覚悟を決めさせた。背水の陣。そんな心境だろうか。意を決し、ドアを開けてなかに入る。