「もう一度言ってみて?」とゆっくり問い直した。
私はすぐには理解できず、「もう一度言ってみて?」とゆっくり問い直した。
夫は同じ言葉のみを繰り返した。「オレは独りになりたい」とだけ発声した。二度聞いた限りでは、夫が今どうしたいのかを聴覚のみは確認できた。五感の内の残り全部は否認していたのだが。
もう一つの最も大切な部分はとうてい全面否定をしていた。私の心。
私のことはさておいても、生後十一カ月の子供たち二人はどうすれば良いのだろう? 疑問と不信感しかなかった。この人は何を言っているのだろう? 何が言いたいのだろう? いくつもの?マークが脳裏に並び重なり合い蠢(うご)めいていた。
私は、姑が寝かせている子供たちへと思いを馳せた。そのとたん大粒の涙が滝のように落ちた。私は二階の居間でテレビを見ている舅の所へ走っていった。
「じぃーちゃん。健一さんから、独りになりたいって今言われた。早く来て‼」と号泣しながらなんとか舅に伝わるくらいの言葉で。舅は、顔色を変えてムクッと立ち上がり階段をいつもより急いでドカドカと下りて行った。
さっきまで部屋にいたはずの夫は、居間にいた。多分、今すぐにでも出て行く気構えなのだろうと直感した。
舅はいつもよりさらに増して激しく怒鳴った。「健一、お前出て行くなんて何言ってんだ。ふざけたことを言うな。子供二人もいて」と。
夫は軽く抵抗するや否や、舅は、居間にあるコタツの上にのっている台を頭上高く持ち上げ夫めがけて威嚇したのだった。私を怒鳴る時よりも怖しい形相をしていた。私はこのとき後悔した。舅を呼びに行ったのは間違いであったと。
事のけじめをつけてもらうために舅を巻き込んだのだが、望んでいた方向には行かないと悟った。この一件に気づいた姑が部屋から出てきて、玄関から夫が出て行く姿を止めに入った。
「お前、子供たちはどうするんだ?」。姑は冷静な口調で夫に聞いた。すると夫は答えた。
「オレは独りで出て行く。子供は置いていくから」とだけ。着の身着のまま、夫は出て行ってしまった。いや、出て行く事に成功したのだ。