「三週目です。おめでとうございます」
新婚旅行後、生理が一週間も遅れていた。いつもはきちんとくるため、間違いないと思った。翌日、産婦人科の場所を姑に聞いて診察を受けた。
病院の中は、当然、妊婦さんばかりだった。マタニティドレスを着ている姿は何とも言えず幸せそうだ。お腹に赤ちゃんがいる人は聖母マリアの顔をしていた。私の隣に座っている女性は何カ月だろう? だいぶ大きいお腹が誇らしげだ。私は、自分のことのように嬉しい気持ちになった。幸せなミルク色の空気が院内を優しく包みこんでいた。
私は、新患の問診票を記入した。まだ初々しい名字を書き間違えないように丁寧に書いた。四十分くらい待っただろうか。
「風間さん。診察室へどうぞ」
四十代はじめくらいの小太りの看護師さんが、ニコニコした声で私を呼んだ。
「はい」と、透き通る返事をした。
診察室に入ると、中年の院長先生と思われる小柄で温厚そうな雰囲気の先生が椅子に腰かけていた。いくつか質問をされてから、検査をした先生は、私の期待を決して裏切らなかった。
「三週目です。おめでとうございます」
嬉しさを隠しきれずに答えた。
「ありがとうございます!」
どう表現したらいいのか、全身が鞠のように弾んだ。今まで生きてきて、嬉しいことはたくさんあった。しかしこの気持ちは生まれてはじめての感覚だった。赤ちゃんができたのだ。幸せな気持ちでいっぱいになった。一秒でも早く帰って、家族に知らせたかった。
「ただいま。赤ちゃんができました。予定日は二月十日です」
姑は喜んでくれた。孫ができることは、やはり嬉しいことなのだ。明るい未来を想像した。元気な子が生まれますように。神様に手を合わせた。
夫の帰りを待ちながら、想像していた。共に喜びを感じてくれる笑顔だけを描いていた。
夜九時半すぎにガラガラと玄関が開く音が聞こえた。夫が仕事から帰って来た。すぐに食事のしたくをした。仕事疲れなのだろう、あまり気分が優れない顔をしていた。しかし、夫が台所の椅子にかけたのを確認すると同時くらいに言葉は口から勝手に飛び出していた。
「赤ちゃんができたの。出産予定日は二月十日だって!」と嬉しさがはみ出るくらいの極上の笑顔で話した。夫の答えは聞かなくても分かっていると思っていたが、返って来た言葉は私の人生のなかで一番悲劇的、いや破壊的な悪魔の言葉だった。