貧富の差が拡大する時代…当時のアーティストたちは
バンクシーが活動を始めた1990年代から2000年代にかけて、英国の都市は再開発と商業化が進みます。
1997年に43歳のトニー・ブレアが首相に就任。ブレア政権は文化政策のひとつとして、文化や芸術を新しい成長産業として位置付けた「クール・ブリタニア」を掲げました。
ミレニアムに向けて、たとえばロンドンではテムズ川河岸を中心に再開発が起き、街はどんどんきれいになっていきました。
大規模なショッピングモールや多国籍資本のチェーン店が増加する一方で、小さな地元の商店は少なくなり、その結果落書きが消えていく。
国家や自治体、企業は、しばしば抑圧的な相貌で、圧倒的な数の生活者(=住民)を「支配」するようになります。グローバル化の名の下に貧富の差が拡大する時代でもありました。
「リクレイム・ザ・ストリーツ」は、こうした流れの文化と政治における対抗運動だったのです。
バンクシーが監督し、アカデミー賞候補作にもなったドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010年)は、ストリート・アートに熱狂する人々を通して、アート・マーケットに痛烈な批判をしている映画ですが、同時に2000年代当時のグラフィティ作家たちの日常生活や活動を丁寧に描き出した、貴重な映像資料としても見ることができます。
映画ではバンクシー以外のストリート・アーティストがいかにして都市空間を取り戻そうとしているのかが描き出されています。特に、リチャード・ホーリーが歌う映画の主題歌《Tonight the Streets Are Ours》という曲ほど、この時代の気分を示したものはないでしょう。ストリート・アーティストたちは、夜中にこっそりと街に繰り出し、ストリートを自分好みの風景に変えることによって、ストリートを「自分たちのもの」にしようとしたのでした。
グラフィティ・ライター時代のバンクシー作品のメッセージもまた、この時代の空気を共有していたのだと思います。
【次回は最終回。作品解説です】
解説:毛利 嘉孝(東京藝術大学大学院教授)
聞き手:原田 富美子(KKベストセラーズ)
編集:GGO編集部