財務諸表の「歪み」は隠せない
粉飾決算を行なう目的とは何でしょうか。FOIの場合、粉飾決算の目的はP/Lをきれいにお化粧してみせることで、ベンチャーキャピタルや株式投資家の目を欺き、資金調達を行なうことにありました(関連記事『営業CFが不自然な「大幅赤字」に…財務諸表が示す粉飾の証拠』参照)。こうした会社の多くでは、P/Lについてはきれいに体裁を整えていますが、キャッシュ・フロー計算書やB/Sまでは手が回っていません。
FOIでもそうであったように、架空の売上を計上してP/L上の売上や利益を見かけ上整えたとしても、架空の取引でキャッシュを生み出すことはできませんから、キャッシュ・フロー計算書の営業CFは赤字になってしまいます。また、架空の売上を計上し続けるために発生する売上債権(受取手形や売掛金)、在庫(棚卸資産)や仕入債務(支払手形や買掛金)は、B/Sの姿をいびつなものにしてしまいます。
そして、一度でも、粉飾決算に手を染めてしまったら、その後は決算の数字をきれいに見せ続けるために、粉飾決算の規模を大きくしていかざるを得なくなります。その結果、P/Lとキャッシュ・フロー計算書やB/Sとのギャップがどんどん大きくなってしまうのです。
2年以上前から確実に現れていた「黒字倒産の前兆」
黒字倒産の原因は様々ですが、運転資本(企業が事業活動を行なっていくうえで必要な資金〔=売上債権+棚卸資産−仕入債務〕)が過大となり、資金不足となって黒字倒産してしまう例も少なくありません。
例えば、本記事で取り上げたモリモトでは、過大になった棚卸資産(販売用不動産や仕掛不動産)が資金繰りを圧迫していました。モリモトの場合、株式を新規上場してからわずか9ヵ月後の2008年11月に民事再生法の適用を申請することになったのですが、キャッシュ・フローのデータを見る限り、その前兆は2006年3月期の決算から現れていました。棚卸資産の滞留が営業CFをマイナスに追いやっていたわけです。
また、モリモトのケースでは、営業CFと投資CFの合計であるFCFもマイナスが続いていました。成長企業の場合、FCFがマイナスであることは決して珍しくありません。成長企業では、営業CFで得られたキャッシュを上回る投資が必要になるからです。
しかし成長企業でも、営業CFの赤字が慢性的に発生するという状況は望ましくはありません。営業CFの赤字が続くということは、事業活動を継続すればするほどキャッシュが不足するということを意味するためです。
また、モリモトの販売不振の状況は、B/Sの販売用不動産や仕掛不動産の膨張にも表れていました。モリモトの場合、最終的には販売用不動産と仕掛不動産の合計は年間売上高の1.5倍を超える水準にまで到達しています。
P/Lでは業績好調の成長企業に見えていたモリモトですが、キャッシュ・フロー計算書やB/Sには黒字倒産の兆候が確実に現れていたのです。
「数字の動き」と「現場の動き」を結び付けて考えよ
粉飾決算や黒字倒産の前兆を見抜くための勘所は、P/Lだけにとらわれるのではなく、キャッシュ・フロー計算書やB/Sに現れる「歪み」を見逃さないことです。粉飾決算にしても黒字倒産にしても、P/Lがいくらきれいに見えていても、キャッシュ・フロー計算書やB/Sにはその負の側面が表れています。その点を見抜くことが肝要です。そうした財務諸表の歪みを見抜くうえで重要なのが、会社(会計)の数字からビジネスの現場で何が起きているのかを見抜く力、すなわち「会計思考力」です。
P/L上では売上、利益が成長しているのに、事業からキャッシュを生み出すことができていなかったり、売上債権(受取手形や売掛金)や在庫(棚卸資産)が売上の伸び以上に膨張したりしている場合、その会社のビジネスの現場では何か異常なことが起こっているのです。
常に、会社の数字の動きと現場の動きを結びつけて考える癖をつければ、直観的に「何かがおかしい」と気づくことができるようになります。
矢部 謙介
中京大学国際学部 教授
中京大学大学院経営学研究科 教授
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