今回は、第三者事業承継を行った獣医師へのインタビューを通じ、早期リタイアのメリットを見ていきます。※本連載は、動物病院事業承継コンサルタントの西川芳彦氏の著書『なぜ8割の動物病院が廃業になるのか』(河出書房)の中から一部を抜粋し、動物病院の第三者事業承継のメリットをご紹介します。

リタイアして望む人生を手に入れた獣医師たち

これから日本のみならず、先進諸国のすべてが直面する問題がある。それが「高齢化」である。世代における最大人口数である団塊の世代がリタイアする時期を迎えて、「高齢社会」は急速に目に見える形になってきている。そして日本人の平均寿命はと言えば、80代であるから、約10年から20年間の「老後」と呼ばれる時間が生まれた。

 

これは、かつての時代を生きた人たちにはなかった、人類初の出来事である。しかし今日の日本では、「老後問題」として捉えられている。その理由は、「この第2の人生をどう生きるべきかの答えがみつからないから」である。

 

今回からは、事業承継によってリタイアした前院長へのインタビューである。

 

なぜ早期に病院を譲ろうと思ったのかの動機から、現在取り組んでいること、これからやろうしていることなどを伺ったが、みなさんに共通していることは、リタイアして以降の方が元気でワクワクされていて、日々を楽しんで生きられていることである。

 

事業承継によるリタイアで自分が望む人生を可能にしている人たちの生の声をご紹介する。

「仕事に対しての未練は一切なかった」理由とは?

中途半端な身の引き方では、責任だけが残るので嫌でした。事業承継による「これまでの貯蓄+アルファー」で次を考えるゆとりが生まれました。

コスゲ動物病院小菅理隆前院長(神奈川県藤沢市

 

住んでみたい人気スポットである神奈川県藤沢市湘南台で長年、「コスゲ動物病院」の院長を続けられてきた小菅先生。病院を譲ったのは、1年前のことになる。

 

●リタイアを考えるようになったきっかけは何か

●なぜ「完全リタイア」の道を選ばれたのか

●リタイア後の生活について――廃業と承継はこんなにも違う

●第三者事業承継で相手を選ぶ条件とは何だったのか

●これからの動物病院について

 

などについて伺った。

 

 

Q1 多くの先生がリタイアは怖いと言われます。また、仕事から離れたら認知症になってしまうのではないかと家族が反対する場合もあります。幸い獣医師は生涯資格ですから、できるところまで仕事を続けることは出来るのですが、続けた場合、その病院は廃業するしかなくなってしまいます。それは地域医療にとっても、飼い主さんにとっても、業界全体にとっても大きな損失になってしまいますから、できるだけ承継をと勧めたいのですが、まずは、小菅先生が院長をやめようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

 

A1 私がリタイアを意識し始めたのは、5、6年前の60歳を過ぎた頃でしょうか。「モチベーションの低下」がやめようと思った一番大きな理由ですね。

 

院長としての仕事のレベルを維持するためには、日々の勉強を怠ってはいけません。ある時、勉強しようという意欲が湧かなくなった。これはショックでしたね。

 

体力的にも限界が来ているなと感じていたから、そんな時に頭をよぎるのは、「私もそろそろ引き際かな」という思いです。もちろん、売り上げは下降線でもいいから仕事を続けることも選択肢としてはありましたが、続けて行こうという意欲すら湧かなくなっていたのです。

 

悪いことは重なるもので、ちょうどその頃、腰を悪くしてしまいました。これがリタイアのきっかけになってしまいました。西川さんから事業承継してみてはどうかというお話もきていたので、この病院を引き継いでくれる先生がいたらいいなと思ってお願いしました。

 

 

Q2 リタイアの仕方は人それぞれだと思いますが、小菅先生があえて「完全リタイア」の道を決断されたのはなぜですか。

 

私にもいろんなリタイアの選択肢はありました。例えば、女性の勤務医がいましたので、その先生に病院の実務は任せて、私は自分がやりたい時間だけ勤務するといった方法もできなくはなかったのだと思います。

 

承継は、家族であったり、親族であったり、勤務医に譲ることが多いようですが、私はあえてそうはしませんでした。

 

その理由は、「週に3日間でも病院に出るとなるとやめたことになるのだろうか」とか、「実務を任せるとは言っても、院長として責任を取る立場にいることには変わらない」と思えてしまって、心理的負担は何ら変わらない。それならば第三者に病院を譲ってしまえば、私は病院から完全に離れられると考えたからです。

 

 

Q3 今は経済的な理由から完全リタイア生活、悠々自適の生活を送ることが難しくなってきていますが、完全リタイア生活を1年間続けてこられての感想をお聞かせください。

 

事業承継によって完全リタイアしてちょうど1年になりますね。この1年間を振り返ると、ほとんど出歩かずに自宅に引きこもっている状態です。院長をやめて病院から完全に自由になれたのだから、もっと動き回って活動的になっていてもおかしくはないのですが、家を出てどこかに行こうという気持ちがなくなってしまっていますね。私が「家に引きこもっていますよ」と言うと、「今まで仕事がきつかったのだから、少しの静養も必要ですよ」と周りの人たちは気遣いをしてくれるのですが、私は家にじっといてもそれだけで楽しい。

 

リタイア後に何が変わったのかと言えば、価値観が変わったようにも思います。リタイア後に出来た時間でこれから何をしようと思っているのですかと尋ねられますが、なぜリタイア後も現役の時のようにモチベーションを上げて取り組まなければならないのか。家でのんびりしているのも、また1つの選択。それでもいいのではないかと思い始めました。

 

院長として忙しいときは時間を無理にでもつくって泊まりがけの旅行に行っていたのですが、今は時間があるのに出掛けない。それでもいい。

 

気付いたのは、過去と比べていいとかダメだとか、思わないことですね。今は完全に仕事のことは忘れてしまっています。ただ、リタイア後も病院と同じ町に住んでいますから、スーパーなどで飼い主さんと出会うことがありますが、「お隣さん同士」という立場であいさつするくらいです。それは、飼い主さんとの縁をつないでいると、「あの子はどうなったのだろうか」と私が心配になってしまうからです。

 

病院は新院長が引き継いでくれたのだから、「後は任せた」という思いでいます。私の完全リタイアについては、「やり遂げた」と思える段階になってやめていますから、仕事に対しての未練は一切なかったですね。これからは、ゆっくりと自分が楽しいと思えるペースで生きていきたいと思っています。

 

このインタビューは次回に続きます。

なぜ8割の動物病院が 廃業になるのか

なぜ8割の動物病院が 廃業になるのか

西川 芳彦

河出書房

ペットを飼っている人ならしばしばお世話になる動物病院。しかし、この動物病院の8割が、院長の引退と共に廃業していることをご存知だろうか。 今の日本の獣医業界は、大多数の獣医師が引退して廃業し、大多数の獣医師が新…

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