「先生、いつまでやるの?」飼い主の言葉にハッとする
依頼してわずか3カ月で超スピード承継。70歳になった時、自分の人生を振り返ったことがリタイアのきっかけとなりました。
丘の上動物病院弓木秀次郎前院長(宮城県仙台市)
獣医科大を出て、製薬会社の営業として働き、50歳にして獣医師になるという異色の経歴を持つ弓木先生。仙台市内に丘の上動物病院を開業されてちょうど20年を機に、事業承継によって完全リタイアした。
●リタイアを考えるようになったきっかけは何か
●リタイア後の生活について
●リタイア後になって気付いたこと、感じられたことは何か
●50歳にしてなぜ獣医師になろうとしたのか、その動機は
●今だからこそ言える、病院を伸ばすコツとは
●自分のリタイアを見極めるポイント
などについて伺った。
Q1 最初に、リタイアしようと思われたきっかけについてお願いします。
A1 開業してちょうど20年が経ち、70歳前後になったことで、ふと自分の人生を振り返ったことがきっかけでしたね。
すると、「ここまでよく苦労してきたな」とか、「とんでもないこともよく受け止めてやってきたな」と自分をほめたくなる気持ちと、獣医師として人様の犬や猫を預かって、命に関わる責任ある仕事をこれからも続けていくのかと思うと、怖くなってしまったのです。
そんな矢先に飼い主さんからこう言われました。
「先生、いつまでやるの?」
この言葉にハッとしましたね。今の自分はこんなふうに見られているのかと。これは、「私の犬はこれから10年は生きるだろうから、それまで診てくれるのかしら」というメッセージだったのですね。
10年後となると、私は80代です。その頃にきちんと診療ができているという自信はありませんので、ここがそろそろ潮時かなと感じました。しかし、そのままやめて廃業してしまうと、飼い主さんに申し訳ない。
そう思っていたところに、メディカルプラザの本が送られてきて、第三者事業承継という方法があると知って、西川さんにコンタクトを取った時から私のリタイアは始まりました。
西川さんと最初にお会いしたのは、2014年3月のことです。そこで事業承継のメリットなどを聞き、「2年から3年はかかりますよ」と言われたので、リタイア準備には十分な時間があるから大丈夫だと思っていたのです。
ところが、承継の相手がわずか3ヶ月で決まってしまいました。これは大きな誤算でしたね。3月に西川さんとお会いして、6月にお願いして、8月に決まるという、驚異的なスピードで私のリタイアは決まってしまいましたね。
Q2 リタイアされた後の生活はいかがですか。
A2 事業承継がこんなに早く決まるとは思っていませんでしたので、譲り渡してからが大変でした。今住んでいるこの場所は、本来は飼い主さんのためにと思って、ドッグランの場所を作るために買った土地です。最初は土地だけですから、なにもありません。そこにコンテナを持ちこんで事務所にしようとしたら、夏は暑いし、冬はとびきり寒いし。それは無理だなと思い、隣に12坪のユニットハウスを作って、ドッグランの事務所にしようと思っていました。
承継リタイアには2、3年はかかると思っていますから、スローペースでも十分に間に合うと思っていたら、わずか3カ月で承継が決まったのです。
すると、自分の住むところがないわけです。承継してリタイアしたのはいいのですが、最初の仕事になったのは、家探しでした。古民家を借りて仮住まいとしながら、ドッグランにしようと思っていたところを急きょ、自分のリタイア後の生活の場にするために家を建ててもらい、ようやく引っ越せたのが暮れの12月27日のこと。
2014年は西川さんと出会い、事業を新院長に引き継いで、自分はドッグランのために用意した土地に住むという、考えていたリタイアがトントン拍子に進んでラッキーだったと思いますね。
リタイアしたらやりたいと思っていたこともありましたし、とにかく仕事から自由になりたいと思っていましたから、完全リタイアしました。本も資料も器材も病院に全部置いて、聴診器だけを持ってこの地に来ました。
それだけ仕事ともきっぱりと割り切ったつもりでしたが、リタイアして半年経つと心境が変わって、「少しはまた仕事で手伝ってもいいかな」と思い始めています。完全リタイアと言っても、いざそうしてみると、不安になるのですね。
だから今はドッグラン用の事務所にしようとした、自宅の隣にあるスーパーハウスに朝8時には行くようにしました。行って何をするわけではなく、中でボーとしているんですが。
起きるのも寝るのも自由な生活になったが・・・
Q3リタイアした後に今まで感じることがなかったこと、気付いたことがありますか。
A3 今一番いいと思うことは、「あの子の病気はどうなったのだろうか」とか、「診断は間違っていなかっただろうか」といった悩みがいっさいなくなったことですね。毎日ぐっすり眠れています。
完全リタイアして起きるのも自由、寝るのも自由なのですが、朝目が覚めると、何かしなければいけないと思うのも、長年の抜けない習慣ですね。
そして一番気になるのは、やはり「健康」ですね。ここは病院も大病院があるわけではなく、診療所が一軒あるだけという田舎に移住しましたから、もしものことを考えると不安にはなりますが、病気になった時はなった時で、覚悟をすればいいだけですからね。怖い、怖いと思っているとキリがありませんから、70歳までよく生きて来れたなと考えるようにしています。
Q4 50歳を過ぎて、なぜ獣医師になろうと思われたのですか。
A4 70歳にして人生を振り返った時、本当に波乱万丈の人生を歩んできたなと思いました。
吉田拓郎の歌に『ああ青春』という歌があるのですが、まさに私の人生はこの歌詞そのまんま。獣医科大を出てサラリーマンへ。外資の製薬会社の営業をして、2年で同業他社に転職。そして50歳で臨床獣医師になり、70歳で完全リタイアですから。
動物病院をやってみようと思ったのは、もともと学生の時から独立の意思はありましたが、営業の仕事を長年やってきて、45歳の時に1つの転機がやってきたことですね。
「このままこの仕事を続けていて何の意味があるのだろうか」
ちょっとした心の迷いだったのかもしれませんが、もう会社をやめようと思いました。それから開業獣医師になるための道をサラリーマン生活を続けながら作っていったのです。
このインタビューは次回に続きます。