今回は、セミリタイアすることで仕事の楽しみと自由な時間の両方を手にした獣医師へのインタビューを取り上げます。※本連載は、動物病院事業承継コンサルタントの西川芳彦氏の著書『なぜ8割の動物病院が廃業になるのか』(河出書房)の中から一部を抜粋し、動物病院の第三者事業承継のメリットをご紹介します。

記憶力と視力の低下がリタイアを考えるきっかけに

人との交流を楽しみたいから仕事をゼロにしないセミリタイアを選択。仕事以外にも、ボランティア活動や趣味で充実した凄くいい時間を頂けたと感じます

森動物病院 森俊士前院長(千葉県松戸市)

 

 

千葉県松戸市で、「本院」と「分院」を持つまでに病院を成長させた森前院長。承継によるリタイア後も、分院で仕事を続ける道を選んだ。仕事以外の時間は、ボランティア活動と趣味のサンバと陶芸、OB同士の交流会など、人との付き合いで大忙しの日々。

 

●リタイアを考えるきっかけは何でしたか

●リタイア後の生活について~セミリタイアを選んだ理由

●この事業承継で感じたこと

●若い新院長について

●経験者だから言える承継の時のアドバイス

●これからリタイアを考える先生方に向けたメッセージ

 

などについて伺った。

 

Q1 まずはリタイアを決意されたきっかけは何だったのでしょうか。

 

A1 これは人間、誰しも避けては通れないことだと思いますが、第一には、「記憶力が落ちてきたこと」ですね。

 

患者さんの名前が出て来ない。このことを、「こんなこともあるさ」と放っておくか、そこで「ちょっとまずいな」と思ってその先をどうするかを考えるか。私は「この先に大きなミスをする前に」と思って、リタイアを決めたということでしょうか。

 

加えて、「視力が落ちた」と実感したからです。そう感じた途端に、本を読まなくなり、調べものが面倒になり、学会に行くのもなんだか億劫だなと感じるようになってしまいました。

 

これから病院経営は大変な時代を迎えることになるのは十分予測していましたが、新しいアイデアを出してこの時代を乗り切って行こうという気持ち、意欲がなくなっていました。

 

一般の会社でも「会社30年説」という寿命があると言われていますが、自分がなんとかしなければ成熟からこのまま衰退へと向かうことは必至です。しかし、自分にはもうなんとかしたいという意欲が湧かない。そこで他者に譲るのがいいのかと思って、自分のリタイアを考え始めました。

 

Q2 この第三者事業承継はどういうかたちでお知りになりましたか。

 

A2 きっかけは、今から7年前の2008年、あるセミナーに参加したことです。そこで、第三者事業承継と言うリタイアの方法があることを初めて知りました。それまでに私の知り合いの院長で承継によって引退された方がいましたので、この話を聞いて、「ああ、これはいいな」という感じを持っていました。

 

承継というのは、親子間とか、親類間が多いですが、こうした場合の営業権の譲渡は、普通はタダで行われます。しかし、この第三者事業承継の場合は、営業権を第三者に売買できる。土地と建物を切り離せば、そこから家賃収入も得られますし、自分も続けて勤めることもできる。

 

自分のリタイア後の生活設計にあわせて、いろんな選択肢が増えることは有難いなと思いました。

新院長と自分とで仕事を分担するスタイルを選択

Q3 新院長に引き継いで感じることは何ですか。

 

A3 私の第三者事業承継は、本院を譲渡して、分院を自分が午前中だけはやり、午後は週3日、1.5時間、本院に勤務するという形にしました。

 

新院長については、承継してすでに2年が経ちますが、最初から新しいアイデアで業績を伸ばしているのはさすがだなと思いますね。

 

たとえば、私が「もうこれは仕方がないな」と思ったのを、ちょっと見方を変えて処方することでその犬の状態がちょっとは良くなる。すると、飼い主さんにも喜んでもらえる。あきらめないで常に新しい道を探して診療している。この点は私も見習わなければならないと思いますね。

 

また承継の時にもこんなことがありました。私は山ほど本を持っていて、これが財産だと思っていたのですが、新院長は「新しい本を買えばいいですから」と一言。それは「10年前から研究されてきたことは、10年後には常識的なものになってテキストに載っている」ことを知っていたんですね。

 

新しい病気の新しい治療法はテキストを見れば載っている。こういう感性は「なるほどな」、「すごいな」という感じがしますね。

 

私は経験値を持っています。新院長はこの感性と知識を持っています。今、共に診察を続けていることで、双方にとっていい刺激になっているのではないでしょうか。

セミリタイアなら人との交流も自分の時間も楽しめる

Q4 承継されて以降のリタイア後のかたちにはそれぞれあると思いますが、リタイア後は病院とは完全に切り離す、完全リタイアされる先生が多くいるなかで、森先生はセミリタイアを選ばれました。その理由をお聞かせください。

 

A4 第一には、これまで診てきた患者さんをきちんと診ていかないといけないと思ったことです。

 

今、病院内をのぞいてみますと、慌てて病院に来られたのに世間話をしているうちに段々落ち着かれて安心されて帰っていかれる飼い主さんがおられますが、ここが飼い主さんたちにとっては、癒やしの場、セラピーの場にもなっている感じがします。獣医師と飼い主さんが和やかに話をしていると、動物たちも安心して身を委ねるということがわかってきました。

 

1人ひとりにかける時間が長くなり、アットホームないい病院になったなという思いと、これからも患者さんを大事にしたいという思いが重なり、セミリタイアを選んで良かったなという感じですね。

 

自分が分院をやっていて、入院させないといけないケースも起きます。これまでなら院長として預かった責任がでてきますが、入院は「本院」で預かってもらっていますから、「あとは頼むね」の一言で新院長にお願いできるのは有難いですね。もちろん、入院中の動物に関する報告、連絡、相談は欠かしませんが。

 

また、新院長がセミナーや学会で得た知識を診療に導入する時、そのエッセンスを教えてもらっています。患者さんが分院と本院を本人の都合にあわせて使い分けていますので、診療内容を共有し、診療方針にブレがないので助かっています。

 

収入面よりも、他者と自分がやり取りできることが楽しみなので、仕事をゼロにしなくてよかったと思いますね。

 

新院長とはこういう関係ができているので、長期間の旅行でも行くことができます。この間もブラジルに行ってきました。

 

仕事を続けるセミリタイアですが、今後は徐々に仕事の時間を整理して、趣味や遊びの時間をつくっていってもいいかなと思っています。

 

現役時代は病院を閉めて自分が勝手に行動することは患者さんに迷惑がかかるからできなかったのですが、今は引き継いでくれた院長がいてくれるので自分の時間が作れていることは有難いことだと思いますね。

なぜ8割の動物病院が 廃業になるのか

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西川 芳彦

河出書房

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