平常時から「無理しなくていい」と声がけしていると…
子ども時代にレジリエンスを鍛え損なうことになる要因のひとつに、「そのままの自分でいい」「無理しなくていい」という心のケアの決まり文句がむやみに世の中に広まってしまったということがある。そこに誤解が生じ、子どもの行動や心理傾向をそのまま認め、修正しようとしないといった方向に行ってしまっている。
ありのままの自分を受け入れる、つまり自己受容が、前向きに生きる上で重要な意味をもつのは言うまでもない。だが、それは、未熟で至らないところもたくさんあるが、日々一所懸命に頑張って健気に生きている自分を認めてあげよう、まだまだ未熟だからといって自分を責めるのはやめよう、そのままに受け入れよう、という意味である。
けっして今のままでいいという意味ではない。そのままでいい、変わる必要がないというなら、そこには何の成長もない。それでは、傷つきやすい子は、いつまでたっても傷つきやすい心を抱えて、事あるごとにひどく落ち込み、いったん落ち込むとなかなか立ち直れず、そんな自分に自己嫌悪して、ウツウツとした日々をずっと送り続けなければならない。
子どもをそのようにさせてしまっていいのだろうか。親として、子どもにそんな人生を送ってほしいと望むだろうか。できることなら、ちょっとしたことでいちいち傷ついたり落ち込んだりしないですむように、もっと前向きに生きられる強い心を手に入れさせたいと思わないだろうか。
そもそも「そのままの自分でいい」「無理しなくていい」という心のケアの決まり文句は、心が極端に傷ついて病理水準にあるときに、こんな状態で頑張れというのは酷だということで、現実生活から緊急避難させて一時的に保護するためのものだ。
それを日常場面に当てはめる風潮が広まったせいで、日頃から努力することも頑張ることもせず、自己コントロール力を高めることもせず、弱く未熟で傷つきやすい自分をそのままに生きている若者が目立つようになった。
何でも売り物にする時代
要するに、レジリエンスの低さが後ろ向きの人生にさせてしまうのだ。ゆえに、大切なのは、「そのままの自分でいい」「無理しなくていい」といった緊急時の心のケアのセリフを平常時に適用しないことである。そして、レジリエンスを高めるべく、心を強く鍛える工夫をすることだ。
小さな失敗、苦境を繰り返し乗り越えることの大切さ
子どもたちが傷つかないような教育をしていたら、傷つきに弱い人間になってしまう。小さな失敗をたびたび経験したり、なかなか思う通りにならない状況を何とかもちこたえる経験を積み重ねていくことで、傷つきに強い人間がつくられていくのである。
子どもを傷つけない手法を商品として売り込む際に、子どもをうっかり傷つけると、それがトラウマ(心的外傷、わかりやすく言えば、その後の人生に暗い影を落とす心の傷)となり、前向きに生きられなくなるなどといった脅し文句が使われる。だが、そのようなトラウマを生むのは虐待のような極端な場合である。
トラウマになるから子どもを傷つけてはいけないなどと言うのは、いきなり30キロのバーベルを上げさせられて筋肉を痛めた人がいるからといって、筋力を鍛えるのは危険だと言うようなものである。筋力を鍛えるには、無理のない範囲で重荷を背負わせる、つまり少しずつ負荷を高めていくのがコツとなる。
心の負荷も同じだ。小さな失敗や苦しい状況を繰り返し経験することで、失敗や苦境に対する免疫力が高まり、多少のことでは傷つかない、たとえ傷ついてもへこたれずに頑張ることのできるタフな心がつくられていく。
その意味では、何かと過保護にして子どもが傷つかないように配慮するのは逆効果と言わざるを得ない。それでは厳しい現実を生き抜くたくましい心は育たない。多少の傷つきに耐えることができ、苦しい状況でもへこたれないたくましさを身につけることで、本人は自信をもって厳しい現実に立ち向かうことができる。
そこで必要なのは、ちょっとやそっとのことでは投げやりになったり心が折れたりしないように心を鍛えておくこと、いわば免疫をつけておくことである。今流行りの「傷つけない」子育てでは傷つきやすい人間が生み出されていく。子どもを傷つけないように気をつかうばかりで厳しいことを言わない子育てや教育では、子どものレジリエンスが鍛えられない。実際、傷つきやすい若者が増えていることは、学校や職場で多くの人が感じているはずだ。
ダメなことはダメときっぱり伝え、わがままや規則違反が通用しないことを毅然として示す厳しさのなかで、子どもの心は鍛えられていく。今強く求められるのは、「傷つけない」子育てでなく、「傷つきにくい心に鍛える」子育てであり教育であろう。
榎本 博明
MP人間科学研究所 代表
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