かつてのドクターのキャリア形成は、大学病院の医局から教授を目指すというものが王道でした。しかし、政府が回復期病床と在宅医療を増やす方向へ舵を切ったため、大学病院のような高度急性期・急性期病院は減少が予想されます。そのため、従来型のキャリア設計を漫然となぞっていると、ドクターとはいえ、生き残れなくなるリスクがあるのです。本記事では、高齢化社会が求める「町医者」という業態が秘める可能性を解説します。

指示されるまま「なんとなく」急性期で働いている医師

病院の機能はご存知のとおり、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の4つに分類されます。それぞれ担う役割が異なり、施す治療の内容にも違いがある中、若い医師の多くは高度急性期もしくは急性期の病院を勤務先として選択しがちです。

 

さらに言えば、大都市圏にある病院が好まれます。給与や勤務体制といった条件が劣る病院であっても、大都市圏の高度急性期・急性期病院を好む人が大半を占めているのです。

 

その背景にあるのは、専門医資格への根強い信仰です。大都市圏の高度急性期・急性期病院には、多様な疾病を抱える患者が大勢やってきます。多くの症例に接することができるので、専門医として腕を磨くには適しているのです。

 

また、一つの診療科に高度な技術を持つ専門医が何人も在籍していることも、高度急性期・急性期病院の特徴です。先輩の専門医がいれば、直接指導を受けたり間近で彼らの診療を見たりすることで、高度な医療技術を身に付けられます。中堅の医師にとっても、自分とは異なる治療方針を持つ医師との接触は、得難い勉強のチャンスです。

 

具体的な手技は文献では分からないことも多いので、情報を交換し、切磋琢磨することで医師としての知見が広がります。生涯を専門に特化した勤務医として過ごしたいと考えている医師にとっては、都市部の高度急性期・急性期病院は賢明な選択と言えるかもしれません。

 

しかしながら、大半の医師はそこまで明確な将来像を描いていないのが現実です。若手はもちろん、30代半ば~40代に差し掛かろうとしている医師の中にも、医局に指示されるまま、「なんとなく急性期で働いている」人は少なくありません。

 

「なんとなく急性期で働いている」 (画像はイメージです/PIXTA)
「なんとなく急性期で働いている」
(画像はイメージです/PIXTA)

団塊の世代が後期高齢者になる2025年には…

厚生労働省が発表している資料によると、団塊の世代が後期高齢者になるとされる2025年に必要となる急性期病床は、現在よりもかなり少ないとされています。2014年7月時点の高度急性期・急性期病院は合計約77.2万床ですが、2025年の推計は約53.1万床です。10年ほどで3割も減少すると見込まれているので、急性期病院で専門医としての技量を磨いてきた医師の働き場所はそのぶん、確実に減ります。

 

急性期病床が減少する一方、増加するのが回復期病床と在宅医療です。回復期病床は2014年7月時点には11万床ですが、2025年には37.5万床になると予想されています。在宅医療については、2014年時点ではカウントさえされていませんが、2025年には最大33.7万人の患者を在宅で支えることになると予想されているのです。

 

つまり、急性期や慢性期の病床を減らす分を在宅医療でまかなおうとする国の姿勢が垣間見えます。

 

回復期病床や在宅医療において重視されるのは、患者や家族に寄り添って信頼を得るコミュニケーション能力や、他職種と連携するための気配りなど、総合的な人間力です。多くの医師が急性期病院を志す現状を見ると、社会のニーズに対して大きなズレがあると言えるでしょう。

 

もちろん、専門性に特化して、高い医療技術を持つ医師も必要です。「神業」と呼ぶべき技術で患者の命が救われるのも事実です。ただし、これからの日本では、病気をコントロールしてQOLを高め維持していける医師がより多く必要です。勤務医としてキャリアを積む人たちには、そんな時代の要請に応じた選択が求められているのです

医師のキャリア設計も、時代に合わせて変更を

医療を巡る環境が変化する中で、医師のキャリアについても考え方を変えていくべきです。自分の技術で患者を助けたいと考える医師にとって、かつては「キャリアアップ=専門医としてのステップアップ」というのが常識でした。

 

例えば、大学病院に勤める医師なら、キャリアの最終目標は教授の地位でしょう。また、大学等で専門を極めようとする医師の中には、自身の診療科で名前を売ることを目標とする人もいます。発表した論文の数や文献として引用された件数などにより評価され、「○○の研究や治療では第一人者」と呼ばれたいと強く願う医師もいます。独自に開発した治療法が医学界に大きなインパクトを与え、認知されることが最大の喜びであり、自身のキャリアアップを確信できる成果なのです。

 

しかしそれらは、やはり治癒が重視される時代の価値観です。治らない患者のQOL改善・維持のニーズが高まっている今、キャリアに対する価値観も時代に合わせて変えていく必要があります。

 

どんな業界でも、顧客が求めるサービスをもっとも高い品質で提供できる人材が高く評価されるべきです。もちろん私たち医師も、例外ではありません。

「自主的なキャリア選択」が根付いていない医師の世界

近年は影響力が低下してきたといわれていますが、それでも7割強の医師は医局に入局しています。入局のタイミングでもっとも多いのは初期研修終了直後で、専門科を決めて後期研修に入るのを機に、大半の人がその科の医局を選択します。

 

医局という独特の制度については賛否両論ありますが、大きな機能の一つとして医師の人事が挙げられます。多くの医局は地域医療に対する貢献をうたっており、関連のある病院に医師を派遣します。医局に所属する側から見ると、勤務先を指示されるわけです。時にはアルバイト先まで指示をされ、忙しいから辞める自由もない、と嘆く医師もいるほどです。

 

もちろん、この人事制度には良い面もあります。医師が少ない地方では、勤務する医師の数や診療科が偏れば、地域住民が必要とする医療を提供できません。医局がバランスをとることで、この問題を軽減できているのです。

 

その一方、医局の指示はキャリアアップに関わる大きな問題になりかねません。病院によって、できる治療や保有する医療機器に大きな違いがあるためです。例えば、ロボット内視鏡手術を身に付けたいなら、ダヴィンチなどの機器を持っている病院に勤めることが必須です。

 

ところが医局は、どの医師をどの病院にどれくらいの期間派遣するのかを地域バランスなど多様な観点で決めるため、医師本人の希望とは合わないケースが多々あります。20代後半になって、ようやく初期研修を終える医師にとって、専門医として勉強できる期間はそれほど長くありません。医局の都合で勤務先を決められてしまうのは、大きな問題でもあるのです。

 

しかし、研修医制度が変わったことから、近年はそんな医局の影響力が弱まりつつあります。後期研修については、キャリアの選択が以前に比べて格段に自由になりました。

 

ただ、医師の世界には元々自主的にキャリアを選ぶ習慣が根付いていません。そのため、キャリア選択に迷う人が多く、適切に選べないケースはまだまだ少なくありません。

 

 

嶋田 一郎

嶋田クリニック院長

 

医師は40歳までに「病院」を辞めなさい 超高齢社会に必要な町医者のススメ

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嶋田 一郎

幻冬舎メディアコンサルティング

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