数学には、知識と思考力と技術が必要
数学には「思考力」が必要である、とよくいわれます。しかしこれは、数学という科目が「知識」を必要としない、という意味ではありません。数学にも知識は必要です。数学の解法を構成する公式や定理は、知識そのものであり、数学の問題を解くためにはそういった知識を持っている必要があります。そのような意味で、ほかの教科と同じように、数学は知識を前提とする科目であると言えるでしょう。
ただし数学の場合、公式や定理といった知識を適切な状況で引き出したり、組み合わせたりする際に、思考力が強く問われることになります。これが、数学に思考力が必要だといわれるゆえんです。
幸いなことに数学の問題を解くために必要な知識は比較的限られていて、必要な知識をそろえることに膨大な時間を要することはありません。一つずつ着実に覚えていけば、必要な道具をすべてそろえることができます。
公式や定理をしっかり覚えているはずなのに、それでも数学が苦手だという人はたくさんいます。数学と同じように公式や定理を使って解く、化学や物理の成績は上がったのに、数学だけはいくら勉強しても伸びない……という声も、よく耳にします。
なぜそのようなことが起こるのでしょう。数学と、化学や物理の違いはどんなところにあるのでしょう。筆者はそれを、公式や定理を使うことの難しさの差にあるのではないかと考えています。一般に、大学入試の化学や物理で使う公式や定理は、それを用いる状況まで決まっています。問題を見たときに、どんな公式を用いれば答えが出せるのかが、すぐに分かることが多いのです。ですから、教科書に出ている公式や定理をきちんと覚えていれば、それほど苦労することなく正しい解法を選択することが可能です。
一方で数学は、問題を見てもどの公式を用いればよいのか分からず、解答の方針すら立たないという状況に陥りがちです。単元の枠を超えて、さまざまな場面で使われる公式や定理も多いため、どれを使えばいいのか分からなくなってしまうところに、数学の難しさがあります。
覚えるべき公式や定理は限られていても、その使われ方が多岐にわたるため、問題と解き方をセットで丸暗記するような方法を取ろうとすれば、膨大な数のパターン暗記をしなければならないということになります。これを避けるためには適切な公式や定理を引き出したり組み合わせたりする力、つまり「思考力」を身に付けることが求められます。
このように数学には公式や定理などの知識のほか、それらを使いこなす思考力が必要ですが、それに加えて、計算などの作業を正確に処理する「技術」も必要です。解き方が分かっていても、スムーズな計算処理が行えなければ、時間内に正確に解答することは難しいものです。計算力は練習を重ねることで着実に身に付くものですから、必ず時間をとって取り組んでください。
「数学が苦手」とはどんな状態?
一言に数学が苦手といっても、実際にはいくつかの段階があります。
数学が苦手な人の特徴
① 公式や定理をそもそも覚えていない
② 公式や定理の知識はあるが、表面的な理解にとどまっている
③ 公式や定理を正しく覚えられているが、それらを組み合わせて使うことができない
④ 公式や定理の知識を適切に使えるが、それらをスムーズに引き出せないため解くのに時間がかかる
⑤ 解き方は分かるが、計算などの処理がスムーズにできない
①~③は解き方を考えるところに問題を抱えている状態、④、⑤は解き方自体は分かるけれど実際の処理のプロセスに問題を抱えている状態です。
①のように知識がそもそも入っていない場合、覚えていない知識を使うことは当然できないため、解法にその公式や定理を含む問題はすべて解けないことになります。そのため、まずは知識を手に入れておく必要があります。基礎的な知識が不足した状態で先に進んでも、時間がかかるばかりで効率的ではありません。
②の「公式や定理の知識はあるが、表面的な理解にとどまっている」という状態は、公式などを表面的にただ覚えているという状態です。式の形は覚えているけれど、「どういう状況で使う式なのか」「その式を使うと何が求められるのか」といった理解が伴っていないのです。
教科書によくある形式として「公式の説明→例題→練習問題」というものがあります。その流れで「公式を覚える→その式を使うことがわかっている問題に取り組む」という学習ばかりを続けてしまう人がいます。もちろん式を覚えたり、スムーズに処理したりする練習としてはこの学習も大切なのですが、あらかじめ使う式がはっきりしているため、なぜその式を使うと解けるのかということを考える練習にはなりません。
そういう人が、実際の入試のように「問題を見る→どの知識を使って解くかを考える→実行する」という順で問題に取り組んでみると、解答するためにどの知識を使えば良いのか思いつかないということが起こります。使うべき公式や定理に気づくことができるようになるには、単元別の学習だけでは不十分なのです。知識を適切に使うためには、その知識がどのように活用されるものなのかを理解しておく必要があります。
③の「公式や定理を正しく覚えられているが、それらを組み合わせて使うことができない」状態は、解くときに使う公式や定理の一部は分かっても、答えを出すまでに必要なすべての情報と手順までは分からない状態です。最初にすることはイメージできるし、答えを出すときに使う式もイメージできるけれど、最後までたどり着けないということです。
数学の問題では、一つの公式だけで答えを出せることはほとんどありません。複数の公式や定理を組み合わせることでようやく答えを出すことができます。使うべき公式を決定したり、使う手順を決めたりするには思考力が必要です。公式を使うときには、その先の展開まで考えて、次にするべきことを正しく判断しなければなりません。その式を使うことで得られる情報を正しく把握して、最終的に求めたいものを得るために必要な手順を考えることで、正しい解き方が分かるのです。
④の「公式や定理の知識を適切に使えるが、それをスムーズに引き出せないため解くのに時間がかかる」という状態は、時間さえかければ正しい解き方が分かる状態です。知識を正しくインプットできており、先の展開まで考えられるようになると、解き方が分かることも多いかと思います。
しかし、それが5分でできたものなのか、30分も1時間もかかってようやく解答できたものなのかによって、テストで取れる点数は当然大きく違ってきます。
難関大学や医学部の入試問題では、制限時間に対して与えられる問題量がかなり多い場合がほとんどです。知識をスムーズに引き出して、いかに早く正しい方針にたどり着くかが、合否を分けるポイントとなります。
また、⑤の「解き方は分かるが、計算などの処理がスムーズにできない」状態のように処理が速く正確にできない場合も、それだけで大きな失点につながるでしょう。
④と⑤は知識ではなく技能であり、インプットとは別にトレーニングによって鍛えると効果的です。知識がスムーズに引き出せるか、解き方が分かったときにそのあとの処理を迅速に正確に行えるかが、点数に大きな影響を与えます。
ここまでに挙げたどの部分でつまずいたとしても、結果だけを見ると「不正解」という同じものにしか見えません。しかし、不正解となった本当の原因は、問題ごとに大きく異なるものです。
どの段階でつまずいているのかが把握できれば、改善の方法は明らかになります。間違えた問題をやみくもにただ解き直すだけ、という時間の浪費を避けることができるのです。
問題が解けなかったという結果だけを見るのではなく、「なぜ解けなかったのか」「どこでつまずいたのか」をしっかりと分析して、課題と対策を検討することが効率的に苦手を克服するためには欠かせません。
数学の問題を解くフロー
数学の問題を解くとき、次のフローで取り組むことになります。