地方開業医の後継者不足が問題となっている。最終的に、病院解散・廃院になると、1000万円以上のコストがかかるケースもあるようだ。また、地域によっては、「病院にかかりたいけど諦める」という医療難民の増加も懸念される。本記事では、井元章二著『相続破産を防ぐ医師一家の生前対策』から一部を抜粋し、地方開業医の後継者問題について取り上げる。

息子が後継を拒否 宙に浮いた承継問題の行く末は…

地方都市で内科を開業しているDさんには息子が2人います。長男は東京の医学部に進み、そのまま大学病院に残って勤務医をしています。専門はDさんと同じ内科です。二男は医学部の4年生です。

 

Dさんは前々から自身の引退は70歳と決めており、そのつもりで準備を整えていました。70歳を数年後に控え、病院を長男に継がせる時期だと思ったDさんは、正月で家族全員が揃った機会をみて、長男に「そろそろこっちに戻ってきて病院を手伝ってくれないか」と持ちかけました。

 

ところが、長男から返ってきた答えは「NO」でした。長男の言い分は、「今では結婚もして、生活の基盤はすでに東京になっている。家族を養っていくのに十分な収入もあるし、何より勤務医は気楽でいい。今さらこっちに戻って、経営の苦労を背負い込みたくない」というものでした。

 

てっきり長男が継いでくれるものと思っていたDさんは、「それは話が違うだろう。ゆくゆくはこっちに戻ってくるという約束だったではないか」と言いましたが、「それは昔の話で、今は事情が違う」と言い返されてしまいました。

 

それなら二男にと話を向けましたが、二男は二男で「自分も無理だ」と言います。なぜなら、「自分は心臓血管外科の道に進みたい。多くの症例に触れて腕を磨くには、やはり東京でなくてはならないし、将来的には海外留学も考えている。そもそも父の病院は内科で、自分が継ぐには無理がある」というのが理由でした。

 

「やはり東京でなくてはならないし、将来的には海外留学も考えている」と次男。 (画像はイメージです/PIXTA)
「やはり東京でなくてはならないし、将来的には海外留学も考えている」と次男。
(画像はイメージです/PIXTA)

 

息子は2人とも間違ったことは言っていません。むしろ自分の生き方や使命というものを真面目に考えています。Dさんはそういう息子たちを頼もしく思い、また、その意思を尊重してあげたい気持ちもありました。

 

突然、後継者のあてを失ってしまったDさんは、自分のリタイアどころではなくなってしまい、病院の存続に頭を抱えてしまいました。

 

その後、私はDさんから相談を受け、「息子さんに継がせることは諦めて、誰か病院を欲しいという人に譲る方向に切り換えませんか」と提案しました。Dさん自身もそれは考えていて、知人の医師などに声をかけたりはしていたのですが、やはり一個人の情報網では限界があり、適当な候補者を見つけることができませんでした。

 

そこで、私もお手伝いをして各方面の協力を得ながら情報を集めました。すると、幸いなことに、地元出身の30代の若い医師が、東京から地元に帰って開業したいと希望していることが分かりました。しかも診療科目も内科と理想的でした。

 

さっそくM&Aの専門家を紹介し、Bさんの側に立って具体的な譲渡の話し合いを進めてもらっているところです。両者とも前向きな交渉ができており、近々M&Aが成立する見込みです。

 

70歳引退という当初の予定よりは少し遅れてしまいますが、Dさんのハッピーリタイアはもう間もなくです。

病院解散・廃院は地域全体を巻き込む大問題

Dさんは息子からの想定外の承継拒否に遭って、危うく後継者不在になってしまうところでした。一時はDさんも「自分が続けられるところまで続けて、死んだら病院は閉じる」と覚悟を決めていました。

 

最初に紹介したAさんもそうでしたが、病院を閉じるということは、世の中にとって実は開業医自身が考えているより、ずっと大きな問題です。

 

都会なら近くに別の病院があるかもしれませんが、田舎に行けば病院の数は減ります。地域に1軒あるだけで、その次に近いのは車で20分以上離れたところという町村も多いと思います。そういう地域では、「そこに病院がある」「何かあったら駆け込める」ということが、人々にとってとても大きな安心材料になります。

 

特に、これからはますます少子高齢化が進み、ひとり暮らしの老人が増えていきます。今まで歩いて通っていた病院がなくなると、彼らは車やバスや電車で遠くの病院まで行かなければなりません。若い人ならいざ知らず、高齢者にとっては大きな負担となるでしょう。

 

ただでさえ「病院にかかりたいけれど諦める」という医療難民が増えていくことが懸念されているのです。後継者不在で病院を潰してしまうことで、こうした問題に拍車をかけてしまうことになります。

 

病院はもちろん開業医のものではありますが、それと同時に〝地域の財産である〟ということをいま一度、心に留めていただきたいと思います。

廃院するには、1000万円以上のコストがかかることも

病院を潰すにも次のようなお金がかかります。

 

登記や法手続きの費用

廃業にあたっては各方面に届け出をしなくてはなりません。従業員を雇用していて、社会保険の適用を受けている場合は、その手続きも必要です。医療廃棄物の処分費用医療器具や薬剤などは専門業者に依頼して、医療廃棄物として処分してもらわなくてはなりません。

 

医療用検査機器の処分費用

CTやMRI、レントゲンなどの検査機器は、まだ使えるものは中古品として買い取りしてもらえますが、古いものは廃棄になります。リース代が残っているものについては、その清算もする必要があります。

 

建物の取り壊し、原状回復の費用

テナントを借りて開業している場合などは、建物を元の状態に戻して返還しなくてはなりません。土地を借りて自前の建物を建てている場合は、建物を取り壊して借地を返還することになります。契約の内容によっては、解約金・違約金などがかかってきます。

 

従業員の退職金

雇っていたスタッフを解雇することになるので、各人に退職金を支払わなくてはなりません。

 

借入金の残債の清算

病院に借金があれば、廃院までに清算が必要です。

 

病院の規模や診療科目などにもよりますが、場合によってはトータルで1000万円以上かかるケースもあります。

病院を潰すよりは第三者への承継を考えるべき

後継者不在になってしまう理由として、Dさんのように「医師の子が跡を継ぎたがらない」というほかに、「医師免許を持つ子がいない」「そもそも子がいない」ケースがあります。

 

そういうときは、

 

① 養子をとって医師に育てる

② すでに医師になっている者を養子に迎える

③ 子が医師と結婚し、配偶者に継がせる

 

といったこともできます。ただし、養子を迎える場合は、実子との間で感情のもつれが生じやすいという問題があります。

 

親族のなかに医師免許を持つ人がいれば、その人を招いて理事長になってもらうとか、まったくの他人に理事長を継いでもらうことも可能です。そういう場合は、役職だけ「理事長」を継いでもらいます。いわゆる、雇われ理事長です。そして、出資持分は相続人に持たせます。理事長は医師免許がないとなれませんが、平理事なら免許がなくてもなることができます。

 

これらができない場合は、DさんのようにM&Aという選択肢もあります。M&Aは、希望する相手に出資持分を買い取ってもらうことで、病院を承継する方法です。これなら廃院にかかるコストが必要ないだけでなく、病院の売却利益が入ってきます。また、病院を潰すことなく地域に存続させられます。

 

ほかにもM&Aをすることにはいくつものメリットがあり、最近は積極的・前向きな意味合いで〝あえてM&Aを選択する〟開業医も増えてきました。近い将来、M&Aは医業承継のトレンドになるだろうともいわれています。

 

親子で承継できないからと病院を潰してしまうより、誰か第三者に病院を継いでもらうほうが多方面でメリットが大きいですから、最後まで承継を諦めないことが大切です。

 

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