私は外務省勤務の夫を支えつつ、20年間、5ヵ国で生活を送りました。娘の紗良も、父の転勤に伴い、世界各地で4度の転校を経験しています。今回は、紗良が11~13歳のとき、私たちがウィーンで暮らしていた頃のエピソードです。※本連載は、薄井シンシア氏の著書『ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか』(KADOKAWA)より一部を抜粋・再編集したものです。

「すべき理由」「しなくていい理由」を考えさせた

私はリストを作るのが好きです。一見ぼーっとしているときでも、頭の中では、食事や買い物や週末にやるべきことのリストを作成しています。リストを作ることは、私にとって問題解決の最も有効な手段なのです。そして、この習慣はウィーンに引っ越して最初の数週間、紗良がとても苦労したとき、本当に役に立ちました。

 

ウィーンの国連学校に転校して1ヵ月後、6年生は3日間ハルシュタットへ修学旅行に行くことを知らされました。ハルシュタットは、オーストリアのザルツカンマーグート地域にある小さな村で、ケルト民族の古い遺跡があることで有名です。

 

児童全員、修学旅行をとても楽しみにしていました。まるまる3日間も親元から離れて自由になれるのです。しかも、泊まる部屋の割り当てを自分たちで決められるのですから。でも、この部屋割りは、紗良のような転校生にとって、とてもつらいものでした。なぜなら、紗良にはまだ、部屋を一緒にできるほど親しい友達がいなかったのです。紗良は、修学旅行に行くのが不安でたまりませんでした。

 

修学旅行は、必ず参加しなければならない学校行事でした。しかし、もし紗良が本当に行きたくないのなら、私は行かなくてもよいと考えていました。謎の病気になったり、急用ができたりなど、適当な理由をつけて欠席させても構わなかったのです。

 

しかし一方で、私は、紗良は、自分から新しい友達を作れる子だと信じていました。そして、この旅行が、紗良のその能力を試す絶好の機会になることも…。

 

そこで、私が紗良に作らせたのがリストでした。リストはふたつ。ひとつは「修学旅行に行きたくない理由」のリストです。もうひとつは「修学旅行に行くべき理由」のリストです。

 

予想通り、片方のリストがはるかに多くなりました。

 

「修学旅行に行きたくない理由」

1.一緒の部屋に泊まる友達がいない。

2.部屋割りのときに、みんなに嫌がられている女の子と一緒の部屋にさせられる。

3.バスで隣に座る友達がいない。

4.パパとママに会いたくなって寂しくなってしまう。

5.ハルシュタットは寒い。

 

など、全部で9個の項目が挙がりました。

 

しかし、一方の「修学旅行に行くべき理由」の方は、まったくの白紙状態。でも、そんなはずはありません。私は、紗良にもう少し考えて、無理にでも書くように言いました。

 

「修学旅行に行くべき理由」

1.行かなくちゃいけないから。

2.ハルシュタットについて学べるから。

 

それから何日か、私と紗良は毎日リストを見ては、新しい理由を足したり、当てはまらなくなった理由を消したりしていました。それは、時間のかかる作業でした。紗良は「行きたくない理由」をひとつ消したかと思うと、翌日には、また同じ理由をふたたび書き足しました。一方で、私は私で、自分の演技力に磨きをかけていました。先生に、紗良が修学旅行を欠席するのなら、うその言い訳をしなければいけないと考えて…。

「リスト化」により、新たな可能性に気がついた

修学旅行の日が近づいてきました。紗良は「修学旅行に行きたくない理由」を少しずつ、しぶしぶ消していきました。しかし、途中で、自ら3つ目のリストを新たに作りました。「修学旅行に行ってもいいかな?と思う理由」でした。

 

1.もしかしたら、バスで隣に座った子と友達になれるかもしれない。

2.もしかしたら、同じ部屋に泊まる女の子と仲良くなれるかもしれない。

 

もしかしたら…。これは、よい兆候です。

 

数日後、修学旅行の部屋割りが決まりました。紗良と同室になったのは、もう一人の転校生のアリシアと、あまり友達のいないエミリーとオリビアでした。

 

そしてこの日、「修学旅行に行ってもいいかな?と思う理由」が、もうひとつ増えました。

 

3.もしかしたら、修学旅行は楽しいかもしれない。

 

物事は、現実的になってくると、違う可能性が見えてくるものかもしれません。

 

さて、修学旅行は明日に迫りました。朝ご飯を食べながら、私は紗良に尋ねました。

 

「紗良。修学旅行に行くか行かないか、決めなくちゃね」

「うん。分かってる」

「ハルシュタットに行く?」

「…行く」

 

紗良は元気なく答えました。

 

「本当に行くの? 行きたくなかったら、行かなくてもいいのよ。学年主任の先生にはちゃんと連絡してあげるから」

「大丈夫。私、行くわ」

 

今度は、力強く答えました。

 

修学旅行当日。私は紗良を見送りに学校へ行きました。紗良は私にお別れのキスをして、バスに乗り込みました。バスの中を見ると、紗良の隣に誰かが座っています。

 

「よかった。誰かが紗良の隣に座っている…」。私は胸をなでおろしました。

 

バスの扉が閉まりました。紗良は私に手を振ってくれました。私も紗良に手を振り続けました。バスと紗良の姿が見えなくなるまで…。

 

バスが出ていった駐車場には、見送りの保護者が残っていました。私は周囲を見回しました。誰か私に微笑みかけてくれないかしら? しかし、そんな人は誰一人としていませんでした。私は、ウィーンに星の数ほどある喫茶店のひとつへコーヒーを飲みに行きました。たった一人で。こぼれそうになる涙をこらえながら。

 

修学旅行の夜。毎晩、私は、紗良の新品の携帯電話に電話をしました。

 

「紗良、どう?」

「大丈夫よ、問題ないわ。あっ、誰か呼んでる。そろそろ行かなくちゃ!」

 

電話がプツンと切れました。よかった。これは、うまくいっている証拠でしょう。

 

紗良が修学旅行から帰ってくる日。私と夫は、紗良を迎えに学校へ行きました。紗良はバスから降りると、一目散に私たちのもとへ走ってきました。そして、私と夫にしっかりと抱きつきました。先ず私に。それから、パパにぎゅっと。

 

すべてが、思った通りに進んだのではありません。しかし、紗良は自分自身の力で、馬糞の中から抜け出すことができました。紗良は確かに踏み出しました。新たな1歩を。

 

雲のすきまから、太陽が顔を見せ始めました。

 

【紗良が学んだこと】  生きていくことは、選択の連続です。そこで有効なのが、「リスト化」。リスト化すると、物事を整理して考えることができます。メリットとデメリット。やるべきこととやらなくてもいいこと。子どものうちから習慣化しておけば、「自分の頭で考える」土台作りにつながります。  (マンガ:ふじいまさこ)
「リスト化」は、自分を整理する強い味方 【紗良が学んだこと】
生きていくことは、選択の連続です。そこで有効なのが、「リスト化」。リスト化すると、物事を整理して考えることができます。メリットとデメリット。やるべきこととやらなくてもいいこと。子どものうちから習慣化しておけば、「自分の頭で考える」土台作りにつながります。
(マンガ:ふじいまさこ)

 

 

薄井 シンシア

大手飲料メーカーにて東京2020オリンピックホスピタリティの仕事に従事

ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか

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薄井 シンシア

KADOKAWA

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