生活も教育も、すべての土台は「習慣作り」から
紗良がニューヨークの幼稚園に通っていた頃、私は、しばしば教室に出入りしていました。アメリカでは、親が先生のお手伝いをするというボランティアが、普通に行われていたからです。教室を整頓したり、本を整理したりというかんたんな作業でしたが、私にとってはプロである先生方から、子育ての秘訣を学ぶよいチャンスでもありました。
5歳の紗良の担任は、ホワイトロウ先生でした。スコットランド人のおおらかな、しかし威厳を備えた女性で、私は彼女の子どもへの声かけひとつにさえ教えられることが必ずありました。決定的な影響を受けたのが、子どもの読書習慣です。
ホワイトロウ先生は、おっしゃいました。
「教育というのは、小さいうちに、いかに子どもを読書好きにさせるかが勝負ですよ」
とはいっても、子どもは自然に本を好きになるものでしょうか? この疑問にも、ホワイトロウ先生の回答は、明快でした。
「読書は習慣です。毎日決まった時間に決まった場所で、本を読む習慣を作ることです」
これは、私の教育方針と重なるところがありました。教育に限らず、私は「土台作り」を大切にしています。家作りでは土台が重要なように、これだけやっておけば大丈夫という生活の基本的な土台=習慣作りを、家庭生活でも親子関係でも心がけていました。
幼稚園には、読書習慣を作るよい仕組みがありました。定期的に本を購入できる予約システムです。毎月1回、スコラスティック出版社の子ども向け文庫本のカタログが配られ、子どもたちは読みたい本に印をつけて注文します(アメリカでは、本がとても安価なので、お財布に優しかったのです!)。そうすると、2週間後に学校に届き、家に持ち帰ることができるのです。私は、紗良に言ってありました。
「紗良が好きな本を、好きなだけ買っていいのよ」と。
紗良と私は図書館にも、しげしげと通って本を借りました。週に一度は書店にも行って、本人が選び抜いた1冊を買いました。そして、私は、小学1年生までは寝る前の読み聞かせを毎日続け、紗良には、ルールとして「読書は、毎日おやつを食べた後よ」と言い渡してありました。
ただし、わが家では「決まった場所で」というルールはありません。自分の机でもソファでも、場合によってはトイレでも(笑)、好きな場所で読んでよし。また、外出時には必ず本を持参していたので、母親たちがおしゃべりに興じている間、紗良は読書に没頭することができたのです。私たちのそばには、いつも本がありました。
こうして、読書は紗良にとって、呼吸するくらい当たり前の習慣になっていきました。
ただし、紗良の読書には問題もありました。好きなフィクションに偏ってしまうのです。私は、幅広くいろんなジャンルの本を読んでほしいと思い、ここでまたまた、学校のクレイン先生のアイデアを借りました。「リーディング・ウィル」という本の星取表です。大きな紙に円を描いて8等分し、それにフィクション、サイエンス、ヒストリーなどのジャンルを割り振り、本を読んだら星印を描き入れていくのです。こうすると、星の数を見れば、ひと目で読書傾向が分かります。私は、この表を見ながら、紗良によくこんな交渉を持ちかけたものです。
「好きなフィクションはいっぱい買ってあげる。でも、そのときには、代わりにノンフィクションも、必ず1冊買って読んでね」
子どもとの間でも、「取り引き」は十分に有効です。
そんな紗良にも、アニメ専門チャンネル「CARTOON NETWORK」に夢中になり、本をまったく読まなくなった時期がありました。これも5歳のときです。紗良の読書習慣を途切れさせたくなかった私は一計を案じました。紗良が好きそうな本、ロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』を買って、寝る前に読み聞かせをしたのです。おもしろかったのでしょう。そのうち、紗良は自分で読みたいと言い出しました。でも、私は読ませませんでした。
「これは、ママが紗良に読んであげる本。何か読みたいなら、他の本を読みなさい」
このちょっと意地悪な方法が功を奏するのは、それからひと月近くたってからでした。