「敗北」こそ、人間を育てるかけがえのない経験
子どもが育つ環境を整えることは親の役割の1つですが、特に重要なのが学校選びです。その際、男の子の親御さんが悩むのが、「鶏口がいいか、牛後がいいか」という問題です。つまり、レベルを落とした学校でトップになるほうがいいのか、レベルの高い学校でなんとか遅れないようについていくほうがいいのか、ということです。
この悩みは、スポーツが得意な子に多いようです。例えばサッカーの得意な子が学校を選ぶ際、「レギュラーになれそうな学校」にするか、「全国大会に出るような強豪校に行くか」。もちろん強豪校に行ってレギュラーになれれば問題ありませんが、それが厳しいとわかっている場合、子どもの自己肯定感の育成に良い影響を及ぼすのは、どちらの学校でしょうか。
一見、レギュラーになれる学校に行ったほうがいいように思えます。しかし、そうではありません。息子さんが本当にサッカーが好きなのであれば、強豪校に進み、そこでレギュラーになれるようにチャレンジしたほうがいいのです。
もしレギュラーになれなかったとしても、何も得るものはなかった、ということにはなりません。なぜなら、息子さんはそこでかけがえのない経験をすることになるからです。
それは「負ける経験」です。これは思春期にぜひ経験しておいてもらいたいことの1つです。どんなに頑張ってもレギュラーになれない。ベンチにすら入れない自分と向き合ったとき、そんな自分をどう構築していくか。この経験をするかどうかで、人間としての厚みが変わってきます。
「敗北や失敗からの回復」こそが成功体験
人というのは、何事もすんなり運んだときには、振り返ることも反省することもしないものです。そこに学びはありません。しかし、うまくいかなかったときには、必死で考えます。それが人を成長させる。
そして負けた自分を、自ら認めてあげることができるかどうか。いつもトップの自分を認めるのは、とても簡単なことです。しかし、一生誰にも負けない、ということはありません。負ける経験をせずに大人になると、ほんの少しのつまずきから回復できないほどのダメージを受けてしまうことがあります。これは非常に危険です。負けた自分を認めることができるかどうかは、自己肯定感を語る上で外すことはできません。
体育会系の人が就職しやすい理由は、じつはここにあります。スポーツを真剣にやってきた人というのは、必ず負ける経験をしているからです。スポーツはシビアですから、はっきり勝ち負けが出ます。そして、一生勝ち続ける人はいません。試合をし続ければ、必ず負ける日がきます。
スポーツをしている人は、この負けるという悔しい思いとともに、次はどうやったら勝てるのかを考え続けています。その経験が、社会に出たときに役に立つのです。失敗にめげず、そこから学び、次の案を考える。そのような頭の働かせ方を、スポーツの中で育んでいるからです。単に体力があって、素直で元気だから採用されているわけではないのです(もちろんそれもプラスポイントですが)。
このような話をすると、「自己肯定感は成功体験からつくられるのではないのですか?」という質問が飛んできます。成功体験は、単純に「勝つこと」「うまくいくこと」ではありません。負けたり、失敗したりした状態から、「立ち直ること」こそが成功体験なのです。そういった意味で、成功体験というのは、そこに負けや失敗を含んでいるとさえ言えます。何かを克服したことが、成功体験なのです。
そのためにはやはり、チャレンジすることは必須です。「井の中の蛙」にならないためにも、自分が得意と思っている分野で、目一杯やり切ることが大切なのです。その中で自分の本当の実力もわかりますし、同時に強みも見えてきます。それが結局は、将来の自分の選択を確実なものにしてくれるのです。
敗北を知らない子の「自己肯定感」はもろい
「できる子ほどもろい」と言われるのは、先ほどお話ししたように負けた経験を持たないからです。「初めての負ける経験」というのは、年齢が上がれば上がるほどダメージは大きくなります。ですから結論を言えば、早く負けたほうがいいのです。
そういった意味では、開成では図らずともその経験をしっかりさせることができます。開成に入学してくる子というのは、それまで、「クラストップ」「地域トップ」「塾トップ」など、勉強において負けた経験がない子ばかりです。開成合格も、その子の中では「勝ち」にカウントされるでしょう。
ところが、入学して最初の試験で、「勝ち」と自分で思えるのは、300人中たぶん20人くらい。7クラスあるうちの、クラス3位くらいまでの子のはずです。あとの280人は「え、こんな成績になっちゃうの!?」と驚くわけです。「今まで3位以下なんか取ったことないのに…」と(笑)。
しかし、触れ合いの中で見つけた「先輩」というロールモデルが、この負けの経験を克服してくれます。「世の中、上には上がいるんだ」ということを学ぶことができただけでも、その子の人生にとって大収穫のはずです。そういった意味で、開成の子は負けに強いとも言えます。
逆説的かもしれませんが、負けるためにも、上へ上へとチャレンジさせてください。そうすれば、思春期のうちに必ずどこかで壁にぶつかり、負ける経験をします。そこをどう乗り越えるか、そこから学ぶことは親や教師が教えること以上に多いはず。そして、その経験から獲得した自己肯定感は、簡単に崩れるようなものではないでしょう。
柳沢 幸雄
東京大学 名誉教授
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