学習意欲やチャレンジ精神には「自己肯定感」が不可欠です。ここでは、開成中学校・高等学校の校長を9年間務めた筆者が、思春期の男の子の「自己肯定感」を高め、その子の能力を開花させる方法を紹介します。※本連載は、東京大学名誉教授の柳沢幸雄氏の著書『男の子の「自己肯定感」を高める育て方』(実務教育出版)より、一部を抜粋・再編集したものです。

「成績だけに支えられた自己肯定感」はもろい

開成に入学してくる子どもたちは、自己肯定感が比較的高いかもしれません。小学生時代はトップクラスだったことでしょうから、成績という大きな柱が彼らの自己肯定感を支えてきたわけです。

 

ただ、成績にだけ支えられた自己肯定感は意外ともろいのも事実です。開成入学後の5月半ばには、中間試験があります。そこではクラスの中で1番から43番まで、容赦なく順位がつきます。実際、今まで見たことのない成績にびっくりする子も多いのです。そこで、子どもたちが潰れてしまわないように、私たちは入学当初から様々な取り組みをしています。

 

開成では、新学期のはじめに行事や部活動を通じ、高校生まで含めた先輩と触れ合う場を多く設けています。それは、ロールモデルとなる先輩を見つけるためです。

 

最初の機会は、4月に行われる筑波大附属高校とのボートレースです。戸田のボートコースで開催されるこのレースでは、高校3年生の応援団が中学1年と高校1年の編入生に校歌と「ボートレース応援歌」を指導し、大応援団を結成します。ここで新入生は先輩たちと活動をともにし、開成の一員となったことを実感します。

 

次の機会は、5月に行われる運動会です。中1から高3までが、8つの組に分かれて競い合います。高3が中1の面倒を見ることになっており、その活動の中で新入生は学校でやるべきことを見つけていきます。入学したばかりの、まだ小学生の面影を残した中1の生徒にとって、高3男子などもう大人(笑)。そんな先輩と一緒に競技に打ち込む中で、憧れも生まれてきます。

 

その先輩たちと、「最初のテストなんて関係ねーよ」「成績悪くても、びっくりするなよ!」「俺、ビリでマジびびったわ(笑)」といった会話をしておくと、「成績が悪くても、そんなに気にすることはないんだ」「成績だけが大事なわけではないんだ」ということが、わかってくるようになるのです。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

中高一貫校の良いところは、先輩というロールモデルを持てることです。ずっと運動会の準備に打ち込んでいた先輩が、高3の運動会が終わった後から本格的に勉強したら東大に受かった。サッカー部で高2までレギュラーで活躍していた先輩も東大に合格した。そんな先輩たちが当たり前のように周りにいると、自分のこれから先の道がなんとなく見えてきます。

 

東大に行くということも、もはや特別な話ではなく、身近なありふれた話となるのです。「あの先輩みたいにしていれば、自分も東大に行けそうだな」というイメージを持つことができます。これは非常に大切なことです。

 

私たちは受験に限らず、チャレンジする際のハードルを無意識のうちに上げたり下げたりしています。「東大に行くことはとても難しい」と考えていれば、そのチャレンジのためのハードルははるかに高くなり、超えるのがとても難しくなります。

 

しかし、「みんな超えている」と思えれば、目の前のハードルはそれほど高くは見えません。その意識がチャレンジするかどうか、そしてそれを超えられるかどうかに大きく関わってくるのです。

 

学校の中で、ロールモデルが見つからないこともあるでしょう。その場合は、広く外を見渡してみてください。ロールモデルというのは、自分が熱中していることの中から見つかるものです。真剣に取り組んでいるものにおいて、自分の上をいく先輩がロールモデルになりやすい。

 

そういった意味で、すでにそういう人を見つけている生徒も多いものです。例えば少年野球を熱心にしてきた子であれば地域の野球部の先輩やコーチ、水泳を頑張っている子であればコーチや先輩の選手など。学校内だけで見つける必要はありません。

 

開成に入ったある生徒は「小学校のときのサッカークラブで、6年生の秋までレギュラーで活躍していた先輩が開成に入った。それなら僕もと思い、サッカーと勉強を頑張った」と言っていました。学内に限らず、息子さんが好きなことに熱中できる環境があれば、自然とロールモデルは見つかるものなのです。

「思春期時代に受けた影響」が人生を左右

子どもに影響を与える周囲の人というのは、年齢に応じて変化します。幼い頃は親の影響がほとんどすべてであるのに対し、小学校では先生の影響も受けるようになります。そして反抗期を迎える頃には、残念ながら親の影響は限定的となり、先輩、後輩を含めた広い意味での友人が、その影響のほとんどを担うことになります。

 

昔から良い友人に囲まれることの大切さを説く言葉として、「朱に交われば赤くなる」と言われてきましたが、思春期は特にそうであると言えるでしょう。中学、高校の6年間を、どのような環境でどのような友人と過ごすかは、私たちが思っている以上に、その子の人生に大きな影響を与えるのです。

 

学校を選ぶときには、ぜひそこに在学している生徒たちをよく観察してください。息子さんに将来大きな影響を与える先輩としてふさわしいか、という目で見ると、学校選びもまた変わってくるかもしれません。

「自分で成し遂げた経験」が自己肯定感を育む

子どもの自己肯定感を高めるために、開成が行なっていることは他にもあります。それは生徒たちが、「自分でやった」と思える機会を多く用意することです。この「何かを成し遂げた」という気持ちは、自己肯定感を育むのに最適なものです。

 

中学1年生は、入学後の6月に相模湖、富士での学年旅行があります。ここでは初対面の友人と飯盒炊爨(はんごうすいさん)をします。協力してカレーライスをつくらないと、昼ご飯が抜きになる仕掛けがあり、仲間と助け合うことの重要性を体験します。これは手始めです。2年生からは旅行委員会が立ち上がり、「どこに行くか」から議論を始めます。

 

生徒たちに行きたい場所のアンケートを取り、いくつかのグループが立会演説会に臨みます。行き先は投票で決まるため、どのグループも必死です。いかに自分たちが示す場所が素晴らしいかを、趣向を凝らしてプレゼンするのです。

 

みんなの票を集めることができれば、好きな場所に行けるわけです。同じ鎌倉に行くにしても、学校が決めてただ参加するのと、自分たちが努力して勝ち取って旅するのでは、楽しさは全く違います。そして、このように自ら考えて実現することの面白さを体感すると、いろいろなことを自分たちで決めてやり出すようになるのです。

中高生時代の「自分でやる」という経験が能力を伸ばす

教師の仕事は、それを見守ることです。生徒たちが「自分たちで企画して実行した」と思えるように、側にいるだけです。もちろん教師が進めたほうがラクで早い、と思うことはたくさんあります(笑)。しかし、それをしないのが開成の教師の仕事です。「手を出さない。口を出さない。目で見ている」というのが私たちのモットー。

 

そう、まさに孫悟空のお話と同じです。孫悟空はキン斗雲に乗って好き勝手に暴れていますが、それはお釈迦様の広い広い掌の上だけ。本人の気がつかないところで、安全が確保されているのです。生徒たちは開成という大きな掌の上で、好きに活動できる。社会に出る前に、そこで必要な経験をしっかり積むことができるのです。

 

人を育てるために、「やらせてみる」ことは非常に重要です。それは社会に出てからも変わりません。サントリーの創業者、鳥井信治郎氏の口癖は「やってみなはれ」。提案されたことに、まずこのように答えていたと言います。そして、しばらく経ってうまくいかない場合には、「やめてみなはれ」と。

 

入口のところで否定していたら、誰も何も考えなくなってしまいます。考え抜き、実行した結果がたとえ成功と結びつかなくても、それを実行した人は大きく成長することができます。それが長い目で見れば、企業にとって大きなプラスになることがわかっていたのでしょう。百年を超える企業には、このような人材育成のための指針があったのだと思います。

 

日本人はよく「問題を解くことはできるが、つくることはできない」と言われます。それはそのような機会を持たなかっただけのこと。中学生、高校生のうちにできるだけ「自分でやる」という経験をすることで、その能力はついていくものです。このように自分でやるということを繰り返すことで、自己肯定感も高まっていくのです。

 

 

柳沢 幸雄

東京大学 名誉教授

 

 

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