親の「褒め方」が子どもの価値観や行動を左右
前回の記事『開成中学の元校長が「子どもは垂直に比較しなさい」と言う理由』では、わが子の自己肯定感を高め、自信をつけさせるためには、その子の過去と現在を比較し、向上した部分を具体的に褒めることが重要であると解説しました。
親が褒めるということに関して言えば、それは道徳を伝えることにもつながります。つまり、親の価値観です。褒めるということは、親が「望ましい」と思っていることを、子どもに示す行為なのです。
例えば、今まで汚かった部屋が最近ちょっとキレイになってきた場合、「最近部屋がキレイだね」と伝えることは、親にとって、あるいは社会にとって「整理整頓しておくことはプラスである」という価値観を伝えることになります。逆に今までキレイだった部屋が最近汚くなってきた場合、この変化を褒める親はいないはずです。
ですから、褒めるということは、価値観を伝えることでもあるのです。親が子どもを褒めるときには特に、この部分を意識しておかなければなりません。
成績ばかりを褒める家と、周囲の人のためにしたことを褒める家では、その子の価値観は自ずと変わっていきます。前者の家の子どもは「いい点を取る」という行動が強化されるのに対して、後者の家の子どもは「人に優しくする」という行動が強化されていきます。親の価値観は、このように子どもに根づいていきます。昔から、「子は親の鏡」と言われる所以(ゆえん)です。
わが子の昔と今を比較し、褒められるのは親だけ
子どもに名前をつけるとき、みなさんも「こんなふうに育ってほしい」という願いを込めたはずです。しかし、それ以来忘れているなんてことはないでしょうか。じつはその願いは、日々の「褒める」という行動の中で、実践することができるのです。
「なかなか褒めるところが見つからない」という話もよく聞きますが、それは親の観察力が足りないからです。今の瞬間だけ見ているから、見つからないのです。
前回の記事でお話ししたように、褒めるためには、子どもの過去の状態を思い出さなければなりません。それはやはり面倒なもの。目の前の状態だけを扱ったほうが、ラクに決まっています。
しかし、考えてみれば、核家族化した社会で垂直に比較して褒めることができるのは、子どもの成長をずっと見ている親しかいません。垂直比較で褒めることができるのは、親の特権。「前はできなかったのに、こんなにできるようになった」と褒めることができるのは、親だけなのです。
わが子の自己肯定感をあっさり崩す「何気ない一言」
私が親御さんにお子さんのことを褒めると、「いえいえ、うちの子は本当にダメで」と謙遜する方が多くいます。日本にとって謙遜の文化は必要なものとして機能してきました。しかし、それを理解するためには、日本で育つ、外国に滞在していたとしても日本文化の中で育った親の元で育つなど、親和性がある程度なければなりません。それがない子どもにとっては、親が「うちの子は本当にバカで」「全く運動神経がなくて」などと他の人に話しているのを横で聞いていたら、自分はけなされていると思い傷ついてしまいます。
お母さん方にとって、どうやら「ダメな息子」というのは鉄板ネタで、それだけでママ会が盛り上がるそうです。しかし、これを息子に聞かれてはいけません。少なくとも、息子が謙遜の文化をしっかりと理解できる年齢になるまでは、言わないのが賢明です。なぜなら、せっかく育てた自己肯定感が、何気ない一言で失われてしまうことがあるからです。
同じような理由から、旦那様の悪口もお子さんの前で言わないほうがいいでしょう。息子にとって、父親は一番のロールモデルです。それを否定されると、子どもはロールモデルを失ってしまいます。子どもが大きくなってくると、何気なく大人の会話をしてしまうものですが、やはり子どもの世界と大人の世界は、完全に切り離して考えるほうがいいのです。