大事故を契機に関心が高まってきた「睡眠不足の問題」
睡眠時無呼吸症候群という病気が特定されるようになったのは1990年代以降ですが、遡ってみると、重大な産業事故の裏側に、現場作業員の睡眠不足があったことがわかっています。
たとえば、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故。原因については諸説ありますが、現地時間で深夜に起きており、交代勤務の作業員の操作ミスがあったという説もあります。
同じ1986年に、アメリカではスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故が起きています。また、1989年、アラスカ沖でタンカーが座礁し、大量の原油が流出した事故がありました。どちらも、スタッフの睡眠不足によるものだといわれています。
チャレンジャー号の事故については、原因を究明するたいへん分厚く詳細な報告書が出されています。
打ち上げ日のフロリダは例年になく寒く、スタッフの一部から燃料を注入するパイプの結合部分のOリングの耐久性を懸念する声も上がっていたといいます。十数人のスタッフは何日も十分に寝ていない状況がつづいていました。そんななかで最終会議が行われ、発射が決定された。打ち上げの判断ミスを招いたひとつの要因が睡眠不足だった、と報告書には記されています。
こういった世界的に話題になった産業事故を契機に、アメリカでは1990年代に入ってから、睡眠不足が招く判断力・集中力の欠如や、作業効率の低下への関心が高まりました。
スタンフォード睡眠研究所の創設者のデメント教授はアメリカ議会からの要請で、アメリカの睡眠障害の実情に関する調査を行っています。約2年にわたってほぼ毎週、全米をキャラバンのように回り、各地で公聴会を開いて、その結果をまとめたのです。
そして、睡眠障害を放置・軽視したために生じる経済的損失は、産業事故なども含めて、年間およそ700億ドル(その当時の為替レートによる換算で約16兆円)に相当するという概算を提示。
これが、アメリカ国立衛生研究所内での睡眠研究所設立の契機となりました。
日本でも、約10年後(おく)れでこうした考え方が広がりました。
2006年に日本大学医学部の内山真教授が試算したところ、睡眠障害によって、日本では年間3兆5000億円ほどの経済損失があると算出されています。
2016年に発表されたアメリカのシンクタンク、ランド研究所による見積もりによれば、日本における経済損失は年間15兆円にのぼるとも試算されています。
睡眠不足によってダメージを受けるのは、個人の生活だけではありません。大きな視野から見れば、企業や社会的に非常に大きな損失となるのです。