日中に襲われる強烈な眠気、会議中あるいは作業中に起こる意識が飛ぶような感覚。多くの人が日常で感じているこれらの症状のなかに、単なる眠気や疲れとして見過ごせない、深刻な問題が潜んでいるケースがあることは、意外と知られていません。スタンフォード大学医学部教授が、睡眠トラブルについて警告します。※本記事は、スタンフォード大学医学部教授・西野精治氏の著書『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』(PHP研究所)より抜粋・再編集したものです。

「不眠」と「過眠」が表裏一体の関係である理由

昼間、強烈な眠気に襲われる──。パソコン作業の途中、あるいは会議中、一瞬ふっと意識が飛ぶような感覚に、ハッとしたことのある人も多いのではないでしょうか。

 

ほんの数秒、ときには1秒足らずの間に、こうした瞬間的な意識脱落状態が起きることを「マイクロスリープ」といいます。脳が眠りの状態に入ってしまうことです。これは、やはり慢性的な睡眠不足、睡眠負債が大きく作用していると思われます。

 

ただ、必ずしも睡眠不足のせい、眠りの量が足りていないせいともいいきれません。時間的にはそれなりに寝ているけれど、夜間に何度も起きてしまうなど、睡眠中に起こっていることが原因で、眠りの質がよくないという場合もあります。睡眠の質を下げてしまう症状が慢性化すると、いわゆる「睡眠障害」になります。

 

たとえば、近年たいへん増えていて〝21世紀の国民病〟とまでいわれるようになっている「睡眠時無呼吸症候群」。

 

睡眠時の呼吸障害の一種で、眠っているときにしばしば呼吸が止まり、そのときに覚醒反応が起きています。そのため、明らかに睡眠の質がよくないのですが、本人は呼吸が止まっているという自覚がないことが多く、何度も覚醒しているという意識もない。本人が日常的に感じる症状は、主として昼間の眠気です。

 

こうした、自分では気づいていない病気の可能性もあります。あるいはまた、発症頻度は少ないですが、「ナルコレプシー」や「突発性過眠症」のように、脳の覚醒機構に問題が生じているための過眠、傾眠症状ということもあります。

 

よく眠れないことを一般的に「不眠症」と呼びますが、実際には「不眠」と「過眠」は表裏一体です。不眠があるから、過眠も出やすくなる。その理由はさまざまです。「たかが眠気」「たかが居眠り」と思うかもしれませんが、その居眠りがパフォーマンスを低下させる元凶となり、あなた自身に甚大なマイナス効果をもたらします。

 

あああ
「たかが眠気」と思うかもしれないが…(※写真はイメージです/PIXTA)

「睡眠時無呼吸症候群」の放置、8年で約4割が死亡!?

日本で睡眠専門のクリニックを開いている医師の方たちに聞いたところ、患者さんの7、8割が睡眠時無呼吸症候群だという話です。

 

医療機関にかかっていない潜在的な患者数がどれくらいいるのかは把握できませんが、いま日本で睡眠時無呼吸症候群の治療を必要としている人は、300万人以上いるのではないかと推測されています。まさに国民病、現代病です。

 

頻繁に覚醒があるため、深く継続した睡眠がとれないことが原因で、日中に強い眠気、マイクロスリープのような居眠りが起こります。

 

睡眠周期が乱れ、自律神経、ホルモン、免疫などの乱れが起きます。高血圧、糖尿病などの生活習慣病になりやすく、症状が重くなると、冠動脈疾患、脳血管障害が生じやすくなります。

 

心筋梗塞、脳出血、脳梗塞など命に関わるリスクが、通常より2〜4倍になると想定されており、治療せずにそのまま放置すると、8年くらいの間に約4割の人が死亡する、という衝撃的なデータもある恐ろしい病気なのです。

 

自覚がないために、未治療で放置している人も相当多いと考えられますが、健康寿命に深刻な影響を及ぼす病気です。

 

カナダでは、「睡眠時無呼吸症候群の人に診断がついて、適切な治療が施されれば、個人の年間医療費総額は半分に減る」という統計データもあります。それほどさまざまな病気を引き起こす原因になっているということです。

 

睡眠時無呼吸症候群の「無呼吸」とはどういう状態か。簡単にいうと、10秒の呼吸停止があるとそれを1回と数え、1時間に何回の停止があるかを診ます。これに呼吸が止まらない「低呼吸」も加わります。

 

呼吸障害が、1時間に5〜15回くらいだと軽症で、なんとかボーダーライン以内。15回以上になると、中等度の睡眠障害として、治療の必要性が出てきます。

 

1時間に15回以上呼吸が止まるということは、単純計算で4分に1回ぐらいは、自分が気づかなくても覚醒しているということです。それだけ睡眠が阻害されていれば、さまざまな弊害が出てくるのも当然です。睡眠時無呼吸症候群の人は、大きないびきをかくことが多いです。これは、気道が狭まっていることと関係しています。また、呼吸がしばらく止まった後、「はあ〜〜っ」と大きく息を継ぐようなことも多い。

 

こうした様子から、家族が「睡眠時無呼吸症候群なのではないか」と心配して本人に知らせ、受診するというパターンが多いようです。

 

欧米では、肥満ぎみの男性に多いと報告されていますが、日本では、太っていなくても、女性でも、子どもでも見られます。これは、アジア系人種の骨格が、欧米人より下顎が小さく奥まっていて、気道がもともと狭いためと考えられます。日本人は、骨格構造からしても気道が狭まりやすく、睡眠時無呼吸症候群になりやすいタイプなのです。また、お年寄りは心不全などで、睡眠時無呼吸症候群が新たに発症することもあります。

 

軽症の場合は、マウスピースを装着して気道を広げる方法で治療できることがあります。

 

中等度以上に進行すると、CPAP(シーパップ、経鼻的持続陽圧呼吸療法)という治療をすることになります。酸素マスクを装着して、空気を鼻から気道に送り込み、睡眠中の無呼吸状態を防ぐものです。

 

治療といっても、睡眠時無呼吸症候群を治せるわけではなく、CPAPにより陽圧で呼吸をサポートし、呼吸状態を改善させて睡眠の質を向上させるのです。一度はじめると、長期的に使用しつづける必要があります。

睡眠障害が社会問題として認知された、JR西日本の事故

睡眠時無呼吸症候群が日本でこれほど問題視されるようになったのは、ある居眠り事故がきっかけでした。

 

2003年、JR西日本の山陽新幹線の運転士が居眠り運転をしていたという報道がありました。約8分間にわたり、居眠りをしたまま自動運転で走行、オーバーランしたものの岡山駅手前で自動列車制御装置が作動して緊急停止したため、ケガ人が出るような事故にはならずに済んだ、という事故。この運転士が、睡眠時無呼吸症候群で居眠りが起きていたことがわかり、一躍、話題になったのです。

 

その後、高速道路でのバスやトラック、トレーラーの事故などで、運転手が睡眠時無呼吸症候群だったことが判明するようになりました。

 

2012年に関越自動車道を走行中のツアーバス運転手が居眠り運転をして防音壁に激突、乗客ら45人が死傷した事故でも、運転士は睡眠時無呼吸症候群であったことが確認されています。「睡眠負債」の言葉を浸透させ、人々の睡眠不足に警鐘を鳴らそうとしたスタンフォード睡眠研究所の創設者のデメント教授は、早くからこの問題を指摘していました。

 

アメリカでは、特に長距離トラック運転手に睡眠時無呼吸症候群の患者が多く、運転中の眠気が事故につながるケースが多かったのです。

 

貨物輸送の主体をになう長距離トラックの運転手は、夜を日に継いでの不規則勤務が多く、睡眠・覚醒リズムが乱れがちなうえに、慢性の睡眠不足がたまっています。デメント教授は、その相乗作用による居眠り運転の頻出が、重大事故を招いていると、交代勤務従事者の睡眠問題に声を上げていたのです。

 

10年ぐらい後追いで、日本でも長距離トラック運転手や深夜バス運転手による居眠りによる事故が目につくようになり、不規則な勤務体制による慢性的な睡眠不足問題がクローズアップされるようになりました。

 

交通事故だけでなく、交代勤務が常態である工場や病院においても、産業事故、医療事故がいろいろ発生している可能性は高いですが、日本ではそういうデータはなかなか表に出てきにくいのが現実なのです。

 

 

西野 精治
スタンフォード大学 医学部精神科教授・医学博士・医師
スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長
日本睡眠学会専門医、米国睡眠学会誌、「SLEEP」編集委員
日本睡眠学会誌、「Biological Rhythm and Sleep」編集委員

 

スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣

スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣

西野 精治

PHP研究所

睡眠とは単なる休息ではなく、あらゆる生命現象の基盤である―。世界最高峰といわれるスタンフォード大学睡眠生体リズム研究所所長が、「脳の老廃物を洗い流す『グリンパティック・システム』」などの睡眠研究の最前線から、「…

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