新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の働き方が大きく変わった。多くの企業でオフィスワークを在宅勤務に切り替えるなど対応に追われた。出版業界も例外ではない。出版社もリモートワークが始まり、新しい働き方が模索されている。都心部の大型書店は休業を余儀なくされ、出版業界も撃沈かと思われたが、売り上げ好調で予想外の健闘をしている。いま出版業界で何が起きているのか。新型コロナ禍の下での出版事情をレポートする。

三五館倒産2カ月後、1人で立ち上げた出版社

版元の「三五館シンシャ」という社名に「ん?」となった人もいるだろう。同社は2017年10月、3億円の負債を抱えて倒産した三五館の流れを汲む。編集部長をしていたのが中野さん。「三五館の名前を消してはならじ」とその2カ月後に1人で立ち上げた出版社なのである。

 

あえて“シンシャ”とカタカナで登記したが、これは河出書房新社や中央公論新社と同じ「新社」。倒産によって迷惑をかけた関係者や書店への「深謝」の意もこめられている。

 

三五館は最盛期で社員20人程の小さな出版社だった。情報センター出版局の編集者で、椎名誠の初期作品や村松友視のプロレス三部作などのヒット企画で知られる星山佳須也さんが、1992年に創設。いい本を出すと業界では一目置かれていた。

 

三五館シンシャの社長兼編集者の中野長武さん。
三五館シンシャの社長兼編集者の中野長武さん。

名物編集者であり、典型的な昔気質の出版人でもある星山さんのもとに、「給料はいらないから雇ってください」と押しかけ入社したのが中野さん。出版人にあこがれ、他業種への就職は一切頭になかったという。

 

以来18年間、編集のイロハからたたきこまれ、倒産時には170点の書籍企画を実現した三五館のエースになっていた。サッカーの長友佑都らに影響を与えた『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(15万部)、『脳はバカ、腸はかしこい』(10万部)などのヒット作を手掛けている。

 

「会社がつぶれると聞いたとき、他の出版社へ行こうとか転職しようとかの気持ちは全くなかったですね。ただただ三五館が消えるのがイヤだった。それだけ私の身体の中に三五館の血が流れていたし、育ててくれた恩に報いねばと思っていた。ただ、社名を継ぐことで負債も引き継がないよう細心の注意を払いました」

 

本社所在地を変え、従業員も引き継がず、全く別法人として登記を済ませた。しかし、「面白いと思う企画は何でもやってやろう」という編集者気質は昔のままだ。問題は“流通”だった。まさかリュックを担いで一軒一軒書店をまわるわけにはいかない。

 

「迷惑をかけたので、この社名のまま大手取次に口座を持つことはできません。中野出版にすればという声もありましたが、それでは意味がない。最終的には、私の心意気を買ってくれたフォレスト出版の太田宏社長が営業・販売を請け負ってくれたことで、販路を確保することができました」

 

名もない小さな出版社がバタバタ潰れていく中で、こんな現実もあるのだ。出版業界も決して捨てたものじゃない。老後の働き方に関心が集まる中、いいテーマは読者が捨て置かない。

 

1年半で見事新しい鉱脈を掘り当てた中野さん。日記シリーズ第4弾、『マンション管理員オロオロ日記』の追い込みに入っている。

 

 「バブルの崩壊で日本経済は大きく減速し、産業構造も様変わりし、最後に行きついたのが今の日本。このシリーズをやっていて一番感じるのは、日本の中高年の姿そのままだなということ。著者は編プロの社長、外資系のエリート社員、売れっ子の広告プランナーと、昔羽振りのよかった人ばかりですから」

 

 『交通誘導員ヨレヨレ日記』の印税で潤った柏さん。ここだけの話、先月から警備員は長期休業に入り、趣味の骨董にはまっているそうだ。

(文中一部敬称略)

 

平尾 俊郎
フリーライター

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