介護離職は「貧困」への入り口なのか?
親の介護費用の支出を抑えるため、仕事を辞めて介護の時間を確保する人も大勢います。しかし、この「介護離職」が貧困のきっかけとなるケースも少なくありません。
少し古いですが、2013年に発表された総務省の「就業構造基本調査」によると、2007年10月から2012年9月までの5年間で介護・看護を理由に離職した人は48万7000人。そのうち女性が約8割を占めるという結果でした。
一方、働きながら介護をしている人は約290万人に達します。そして、平成24年度厚生労働省委託調査「仕事と介護の両立に関する労働者アンケート調査」(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)によると、就労者のおよそ7割が「仕事と介護の両立に不安を感じる」と答えています。
「介護施設に預けたくても、そもそも空きがない」「費用が高くて預けられない」「自分しか介護する者がいない」というのが、介護離職を選択する人の主な理由です。
しかし、仕事を辞めるということは、収入源が完全に断たれるということでもあります。そうなればそれまでの蓄えを切り崩し、親の年金に頼って生活することになります。
さらに、一度会社を辞めてしまうと、仮に介護が終わったとしても元の仕事に復職できる可能性は非常に低くなり自身の人生設計が大きく狂ってしまいます。
前述の「仕事と介護の両立に関する労働者アンケート調査」では、衝撃的な結果が明らかになっています。
離職後、「負担が増した」と回答した人は過半数に達し、「精神面」では64.9%、「肉体面」では56.6%、「経済面」については74.9%となっていました。介護に専念することで、かえって負担が増した人が多数を占めたのです。
また、介護離職した後で再び正社員として再就職できた人は、半数以下の49.8%にすぎませんでした。さらに契約社員、パート・アルバイトは17.7%、無職は24.5%という結果でした。年齢的なハードルもあり、一度介護離職してしまうと、再就職は容易ではありません。実に4人に1人が無職にとどまってしまうのです。
そして、再就職できた人でも「再就職までの期間は1年以上」と答えた人が最多で、男性は38.5%、女性は52.2%でした。介護を終え、肉親を看取ったという気持ちの整理をつけるのに時間を要することと、そもそもの再就職の難しさから、速やかな復帰は容易でないことがよく分かります。また、介護に専念していた人ほど、強い喪失感を抱え、気持ちが切り替えられないというケースも多々あります。
介護のために仕事を辞めないまでも、時間の融通が利きやすい職場に転職するという手段を選んだ場合にも、厳しい現実が待っています。
2017年1月15日の日本経済新聞のオンライン記事には、20代の時に母親が倒れて正社員の仕事を辞め、派遣の仕事を転々としながら介護に専念してきた40代女性のコメントが掲載されていました。
20年近く介護生活を続け、40代になると今度は父親が倒れ、徐々に生活は厳しくなりました。父親の貯金を切り崩しながらその残高を気にする毎日だそうです。その女性の、「人生の大部分を介護にあててきた。親が亡くなれば自分にはなにも残らない」という重い言葉が紹介されていました。
2014年に実施された調査「仕事と介護の両立と介護離職」(明治安田生活福祉研究所および公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団)を見ると、転職した人のうち、転職後も正社員として働いている人は、男性で3人に1人、女性で5人に1人にすぎませんでした。
年収を見ると、男性は転職前の平均556.6万円から、転職後の341.9万円へと大幅にダウンしています。また、女性は平均350.2万円から、転職後は175.2万円へと半減していることが分かりました。介護のために転職・離職のいずれの手段をとっても、生活が苦しくなっている人が大勢いるのです。 家族の介護のためとはいえ、いったん今までの生活を変えてしまうと、経済的に苦しくなるということを覚悟しなければならないのです。
父の介護に専念してきた離職女性に迫る破産の危機
現在50代の女性Cさんは、強権的な父親の「介護は娘に任せる」という一言で、30代の時に仕事を辞めて父親の介護に専念することになりました。その数年後、持病を抱えていた母親が亡くなり、父親とのふたり暮らしがはじまりました。そして20年以上が経過した現在も独身のまま、80代になった父親の介護を続けています。
現在、Cさんの生活は父親の年金でなんとかやりくりできていますが、父親が亡くなった後のCさんの収入のめどは立っていません。長らく介護生活を続けたため友人とも疎遠になり、頼る相手もいません。まさに破産の危機はすぐそこまで迫っています。
定期的にCさん宅を訪問しているケアマネジャーは、Cさんへの重い負担と今後の生活を心配しています。そこで、父親の介護から解放される時間をつくり、自分の人生設計を考えるきっかけにしてもらおうと、「まずは介護保険サービスをもう少し増やしてみませんか」と提案しましたが、Cさんは「父がOKを出しませんから」と、疲れた表情で首を横に振るばかりでした。
ケアマネジャーは現在もCさんの説得を続けていますが、長年にわたって介護に専念し、家族に縛られて一般社会との接点がなくなったCさんにとっては、父親の言葉が絶対です。Cさんは、世間一般の家庭で気軽にさまざまな介護サービスが利用されている現状など知るよしもなく、家族の世話を他人に押しつけるという罪悪感から、次の一歩が踏み出せない状態が続いています。
杢野 暉尚
社会福祉法人サンライフ/サン・ビジョン 理事・最高顧問