今回は、資産の多くが不動産である場合の相続対策を見ていきます。※本連載は、司法書士・河合保弘氏の著書、『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』(日本法令)の中から一部を抜粋し、種類株式や民事信託などを活用した具体的な事業承継対策について、様々な実例を用いて解説していきます。

何も相続対策をしていない小松工業株式会社の事例

小松工業株式会社(K社)の創業経営者である小松竜一(75歳)は、これまでの人生のほとんどすべてをK社のために捧げてきており、個人資産の多くがK社株式(発行済の全株式)とK社が工場として使用している不動産であり、資産全体と比較して現金や預金を持っていない状態となっていますが、現時点では何の対策も講じていませんでした。

 

竜一には推定相続人として、後継者となる長男の新太郎(40歳)と、二男で無職の正次郎(35歳)がおり、竜一の心配事はK社の株式と不動産を長男に相続させることによって、兄弟二人が相続で揉めることです。

 

[図表1]小松竜一の財産一覧

 

納税資金は生命保険を活用して準備

<対策>

 

●K社を保険契約者兼保険金受取人、竜一を被保険者とする6000万円の役員退職金保険に加入します。

➡3000万円がK社の経費となり、K社の株式評価が7000万円に減少します。

 

●K社は役員退職金規定を整備して、保険会社からK社が受給する保険金を原資とし、受給権者の第一順位を「長子」と指定します。

➡代表取締役である竜一が死亡によって退任した際には、必ず長男の新太郎が死亡退職金を受領し、それを納税資金に充てることができ、かつその受領額は相続財産とはされませんで、遺留分請求の計算にも入らないこととなります。

 

●竜一を保険契約者兼被保険者、新太郎を保険金受取人とする5000万円の一時払い終身保険に加入します。

➡竜一の相続財産が5000万円減少し、かつ竜一死亡時には新太郎が死亡保険金を取得できます。

会社の指図権は株式信託契約で確保する

●竜一が所有するK社株式のうちの50株につき、完全無議決権種類株式に種別変更します。

➡万に一つ、K社株式が新太郎以外の者の手に渡ったとしても、会社の支配権を新太郎が確保できるようになります。

 

●竜一は所有するK社株式につき、新太郎を受託者兼二次受益者とする株式信託契約を行い、自らの意思で契約を変更するか、あるいは自分が認知症になるまで、その「指図権」については竜一自身が持つことにします。

➡竜一はいつでも新太郎に経営者の地位を譲ることができ、かつ竜一が認知症になっても経営がデッドロックに乗り上げることがなくなります。

 

●竜一は所有する不動産につき、K社を受託者、新太郎を二次受益者とする民事信託契約を行います。

➡K社の工場として使用している不動産がK社名義となり、竜一の相続後も確実にK社が不動産を使用することができることとなります。

 

●竜一は公証役場で遺言を書き、不動産の受益権のうちの5分の4を正次郎に、その他の全財産を新太郎に相続させるとし、かつ付言事項において、正次郎が新太郎に対して遺留分請求をなすことを控えるよう諭す内容を書いておきます。

➡不動産の受益権を正次郎に与えることによって遺留分をクリアし、他の財産を新太郎に確実に取得させることができます。

 

[図表2]相続対策前から相続後までの資金の流れ

 

上記の表から、正次郎の遺留分相当額は相続財産の4分の1相当の3000万円となり、受益権4000万円を遺言で取得させることによって、遺留分減殺請求を封じることができます。

 

 

<相続税の計算>

課税財産2億3000万円-基礎控除3000万円-相続人数控除1200万円-生命保険金控除1000万円-死亡退職金控除1000万円=16800万円

相続税額概算16800万円×実効税率35%≒6000万円

税負担 新太郎 約5000万円 正次郎 約1000万円

本連載は、2015年3月30日刊行の書籍『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

河合 保弘

日本法令

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