利用者や家族の弱みにつけこむ劣悪介護ビジネスが急増
待機者数が以前よりも減ったとはいえ、特別養護老人ホーム(特養)に入所するのは未だに厳しい状況です。また、比較的空きがあって入りやすい有料老人ホームは、入所一時金や月額利用料、介護保険の自己負担額やそのほかの費用を合わせて、月額20万円以上かかることが多く、経済的負担を考えると気軽に利用できないのが現状です。
ちなみに、世帯員2人以上の一般世帯を対象にした「平成27年度生命保険に関する全国実態調査」(生命保険文化センター)によると、世帯主または配偶者が要介護状態になった場合、住宅の改修や車いす、特殊ベッドなどの福祉用品の購入で、必要だと考える平均初期費用は約252万円でした。
しかしこれらの費用に関しては保険サービスでレンタルもでき、住宅改修に関しても介護保険が適用されるため、実際の負担はそれほどかかりません。逆に、要介護状態になった時に必要だと考える月々の平均費用は、約16.8万円となっており、これまで説明した実際の費用より安いと思われています。このように、介護に必要な金額のイメージと現実には大きな差があります。
2014年4月に介護保険制度が改正されて以降、介護の費用が捻出できないことを理由に、より安い施設への移行を希望する家族が増加しています。多くの家族が希望するのは、「年金の受給額内で介護費用をまかないたい」ということです。
しかし、安さだけを基準にして施設の選択を考えることはお勧めできません。たとえば民間の施設で月額わずか5万~6万円など、費用が水準より大幅に低い施設は、それだけサービスの質や人材、環境などの面で著しく劣るところが少なくないのです。
負担を少しでも抑えたい利用者や家族の弱みにつけこむような「劣悪介護ビジネス」は後を絶ちません。
たとえば、「お泊まりデイサービス」という介護サービスがあります。 通常のデイサービスに介護保険の対象外である自費の宿泊サービスをつけたもので、デイサービスに通ってその後自費で宿泊するということを連日くり返すことで、施設に入所するのと同じサービスが受けられるというものです。
「介護費用を10万円以下に抑えたい」で表出した地獄
ところが、ひどい施設では、介護保険が適用されるデイサービスの利用回数や人数を増やすために、自費部分の宿泊料金を1泊数百円という格安価格に設定して、狭い部屋に雑魚寝状態で宿泊させるというところもありました。
宿泊部分は介護保険の対象外なので人員配置や設備に明確な基準がなく、運営側の裁量に任されていました。経済的に困窮した、ほかに行き場のない高齢者を集めるというビジネスモデルなのですが、ずさんな管理体制のため、感染症の蔓延や虐待、死亡事故なども起こっていました。
こうした状況から2015年4月からは、お泊まりデイサービスの安全性と質を保つために「一定の職員数の配置」「開設の届け出や事故報告」「宿泊期間が連続2週間以上にならないこと」などが義務づけられました。しかし、罰則がないため、既存施設の改善につながるかどうかは疑問です。また安さだけで施設を選んでしまったがための悲劇も報告されています。
70代でひとり暮らしをしていたEさんは、在宅介護サービスを利用していたものの、要介護度が進んだため施設に入所することになりました。しかし、ケアマネジャーに話を通さないまま格安の施設に入所してしまい、悲劇に見舞われます。そこは、4畳半の部屋に家具もベッドもなく、おむつを入れるポリバケツが1個置いてあるだけでした。1週間後にケアマネジャーが訪れた際には、Eさんは話しかけても返事ができないくらいに衰えていたそうです。
ほかにも、法の規制を受けないように、集合住宅の狭いワンルームなどを利用者やその家族に賃貸契約させ、寝たきりの利用者を押し込めて、1日に数回の訪問看護・介護や食事サービス(胃ろう処置)などを提供するだけの劣悪な「脱法事業者」もいます。
いずれも「介護費用を10万円以下に抑えたい」という家族の事情に応える形のサービスですが、高齢者のADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)は大幅に低下します。
国もこうした悪質なサービスを提供する事業者へのチェックを厳しくしていますが、なかなか目が行き届かず、チェックから逃れようとする事業者とのいたちごっこが続いています。家族が自分たちの目でしっかり確認し、事業者の質を見極めることが重要なのです。