主観を主観としていっしょに伝える
そもそも、数字の評価ってけっこう難しいんです。数字は客観的だから、だれが見ても同じだろ、と皆思いがちです。でも、そうではないんです。
数字は決して客観的な属性とは限りません。むしろ、主観的な要素も大きいんです。
1万円というデジタルなデータは、客観的なデータです。しかし、「1万円」は我々の心にニュートラルに客観的に入り込んではきません。それは主観的な情報として受け止められます。
1万円を大金と考える人もいるでしょうし、はした金と考える人もいるでしょう。それは文脈にも依存します。今日のお昼代1万円は結構な額ですが、今月の生活費1万円はかなり厳しい数字でしょう。
「数にはクオリアがある」という事実は、数学者の森田真生さんに教えていただいたことです。そして、その数の捉え方は人によりけりで、そこには客観的で皆が共有できる基準があるわけではないのです。
その「基準がない」ということを理解しておくことも、リスクを語るうえではとても大事なのです。こちらが「小さい数字」と思って出した情報が、相手には「すごく大きな数字」と捉えられかねません。「成功率99%の手術」は、外科医にとっては「成功率が高い手術」を意味するでしょうが、「万が一にも」のたとえがあるように、1%という数字をとても大きな数字に捉える人だっているのです。
フレーミング(効果)といって、数字の「出し方」も問題です。「手術の成功率70%」というと、肯定的に捉える人が多いですが、「手術の失敗率30%」というようにネガティブな側面を出すと、同じ情報でも否定的に捉えられます。
数字にはこのような、主観的な、クオリアを含んだ属性があることは、リスク・コミュニケーションを扱う者は必ず熟知していなければなりません。
1万円は単なる数字ですが、価値中立的ではありません。そこには「高い」「安い」といった主観が必ず入ります。しかも、この解釈は厄介なことに、人によって異なるものです。
なので、リスク・コミュニケーションの場合には単に数字を出すだけではなく、リスク・コミュニケーターの主観をいっしょに伝えた方がよいです。
「このインフルエンザの死亡率は0.01%以下です」
ではなく、
「このインフルエンザの死亡率は0.01%以下と、極めて低いことが分かっています」
というように専門家の主観を交えるのです。専門家は客観的、中立的である必要はありません。また、そうあることはできません。なのでその主観を主観として聞き手にお伝えすることが大事なのです。
岩田健太郎
神戸大学医学部附属病院感染症内科教授